(『天然生活』2018年9月号掲載)

あえものにする大根とにんじんを「酢洗い」(少量の酢で水っぽさを除く調理法)して、しぼる。強すぎず弱すぎず、よい加減で
大正15年生まれの料理家、桧山タミさんの考える家庭料理のあり方
大正15年生まれ。92歳になる料理家の桧山タミさんは、毎朝4時ころに目を覚まします。マンションの窓を開け、肌に外の空気を感じながら深呼吸。明け方の空に残った月や空を眺めながら、その日の天気を予想しつつ、朝陽を待つのです。
やがて朝の光が射し、街を美しく照らします。「お日さま、おはようございます」と挨拶し、一日が始まります。「朝の光を浴びると元気が満ちてくる」。そうおっしゃるとおり、エネルギーに満ちあふれた明るい笑顔が印象的です。
九州は博多で料理を教えて60年。多くの生徒さんから慕われ、料理研究家たちからの敬愛を集める存在ですが、ご本人は、自分のことを「台所好きの食いしん坊」と謙遜し、日々の生活こそを大切に、ていねいに暮らしています。

にんじんと大根のごま酢あえ。ほうろくで炒ってすり鉢であたったごまとあえ、赤酒、しょうゆで調味している
台所をよりどころにして幸せな人生を歩む
生活の中心は、もちろん台所。手入れがゆき届き、使い込んだ美しい銅鍋などが整然と並んだこの場所で、長年にわたり、台所と料理をよりどころにした幸福な人生のあり方を多くの人たちに伝えてきました。
桧山さんは、17歳のときに、日本の料理研究家の草分け・江上トミ先生の門下となり、以降38年間、師事しました。25歳で結婚し、双子の男の子を授かりますが、31歳で夫が死去。実家に身を寄せながら兄の家の一室で料理教室を始めます。その後、何度か引っ越しをしながら教室を続けてきました。
苦労も多かったはずですが、「嫌なことは、いっさい思い出せないの。無我夢中だったから」と話します。
そんなにごちそうばっかりつくらんでよかよ

世界各地を訪れた際に入手した食材、調味料、乾物や自家製の瓶詰めなどが、所狭しと並んだ棚
桧山さんがこの世で一番むだだと思っているのは「クヨクヨする時間」。「クヨクヨするなら寝たほうがまし」というのが口癖です。
38歳のとき、桧山さんは江上先生について、世界各国へ食の視察に出かけます。そしてエジプトのピラミッドのそばで満天の星を見上げたときに、「私たちの人生なんて、この星の瞬きみたいなもの」という考えが、すっと頭に降りてきたそう。そして、「人生にはクヨクヨするひまなんてない。笑って楽しく生きたほうがいい」と強く思ったといいます。
「だから、がんばりすぎないこと」と桧山さん。無理をすると、だんだんと「やってあげている」という気持ちになり、心が料理から離れるといいます。手間をかけることが愛情というけれど、手間をかけない料理に愛がこもっていないわけではありません。
「そんなにごちそうばっかりつくらんでよかよ」と桧山さんはやさしくいいます。蒸しただけの野菜も、シンプルにオーブンで焼いただけのポテトも、食べ手の心身の健康のために思いを込めてつくれば、素晴らしいおかずなのです。
「手間を義務にしてはいけない」。手間が重荷になってしまっては、台所に立つことが楽しくなくなってしまいます。それでは本当の料理をつくることなどできません。
朝に陽が昇るように、蕾がほころんで花が咲くように、自然に、ごはんをつくって食べさせる—それが、桧山さんの考える家庭料理のあり方です。
桧山タミさんの暮らしの心得
朝の乾布摩擦で、すこやかに暮らす

乾布摩擦には、背中もこすれるように、ひも付きのたわしを使う。痛くはなく、心地よい刺激
桧山さんは、朝起きてすぐ、棕櫚(しゅろ)のたわしで乾布摩擦をします。医師だったお兄さんが、「血行がよくなり、病気予防の効果がある」と患者さんに勧めているのを耳にして、自身もやってみたのが始まり。
「40歳のころからなので、まだ50年です」。ごぼうを洗うようにザッザッと素早くこすると、20分ほどで体の芯から、ほかほかしてくるそう。
—桧山さんが教えるのは、「すこやかな体をつくるための家庭料理」。だから自分自身が病気になってはいけない—そういう思いで、日々の家事によって体を動かし、なるべく土の上を歩くようにして、健康を維持。今日も元気に暮らしています。
朝の梅干しは健康のお守り

昭和40年の梅干し。長期間保存するときは4割の天然塩で梅を漬ける
毎朝、番茶に梅干しをひと粒入れて飲むのが桧山さんの習慣。生まれつき病弱でしたが、いまでは胃腸の調子もよく、血圧も問題ありません。
昔から「朝の梅は難のがれ」といわれていて、「宝石よりも古い梅干し」と桧山さんはいいます。
乾いて塩の結晶をまとった古い梅干しは、まさに尊い宝物のようなもの。これにお湯を注いでしばらくおくだけで、滋味あふれる素晴らしい味の汁となります。
風邪のひきかけに、よくあぶった古い梅干しを熱い番茶に入れて飲むと、体が芯から温まり、汗がどっと噴き出して、治りが早くなります。せきや喉の痛みにも効くそうです。
土を大切に、自然とともに生きる

息子さんが届けてくれた自然栽培のらっきょうを桧山さんが漬けたらっきょう漬け
「鳥や草花と同じく、自分自身も自然の一部と思って生きていたい」。桧山さんは、そんな思いをもち、四季に合わせた、料理をつくりつづけています。
だから、「台所を預かる人は土と結びついていてほしい」といいます。土に育まれた野菜も同じ大切な命であることや、生産者の方たちの苦労を少しでもわかるように。
子育て中、子どもたちに野菜を育む土の大切さについて、常に伝えてきたそう。ふたりの息子さんは、いま、自然栽培で野菜を育てています。かつて土の大切さを説かれていた息子さんたちがつくった野菜を、いま、桧山さんは料理し、食べているのです。
物をむだにせず、感謝して

厚めにむいた大根の皮からつくった切り干し大根
桧山さんの台所にはキッチンペーパーはなく古い布を小さく切って使っています。卵の殻は細かくして鍋の汚れや水垢の掃除に使い、そのあと、植木の肥やしにします。
野菜の皮は干して料理に活用します。お日さまの力で味が凝縮し、うま味が増すのです。
なすは、使うたびに、残ったガクに糸を通して干しておき、黒豆を煮るときに一緒に入れます。そうすると、きれいな色がつくのです。しかも豆と煮たなすのガクそのものが、とてもおいしいそうです。
生徒さんたちは、料理教室で出る生ごみの少なさに、一様に驚くといいます。
<撮影/繁延あづさ 取材・文/土屋 敦>
桧山タミ(ひやま・たみ)
1926年、福岡県生まれ。17歳から、料理研究家・江上トミ氏に師事。30代半ばで独立。現在の地に「桧山タミ料理塾」を移し、40年になる。著書に、愛情と自然の恵みを大切にする家庭料理のありようと、生き方の哲学を余すところなく伝えた『いのち愛しむ、人生キッチン』(文藝春秋)がある。
撮影/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)
写真家。兵庫県姫路市生まれ。桑沢デザイン研究所卒。雑誌や広告で活躍する傍ら、ライフワークである出産撮影や狩猟に関わる撮影、原稿執筆などに取り組んでいる。長崎県在住。著書に『うまれるものがたり』『長崎と天草の教会を旅して』(共にマイナビ出版)他。現在『母の友』(福音館書店)、『kodomoe』(白泉社)で連載中。 webマガジン『あき地』(https://www.akishobo.com/akichi/ )では、『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)を執筆連載中。
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※トップの写真について
手入れのゆき届いた台所が家の中心。桧山さんは整理と片づけも大好き。引き出しには、収納している道具の名前を書いたラベルを貼っておき、きちんと収納。物を大切にし、何十年も使いつづけている鍋類は、いつもピカピカ
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです