• 食通の手土産リストに欠かせないゴンドラのパウンドケーキ。オーソドックスなつくりなのに、人をひきつける魅力が。味の秘密を聞きに、創業82年の老舗洋菓子店を訪ねました。
    (『天然生活』2015年7月号掲載)

    おいしさの秘密は、一日にしてならず

    ゴンドラのパウンドケーキ おいしいお菓子は満腹でも(前編)より続き —

    おいしいお菓子は、ちんたらしてたらできません

    そんな話を店でしていたら、厨房の奥がにわかに活気づいてきました。いよいよ、今日のクライマックス、パウンドケーキづくりの始まりです。

    三代目の滋之さんが大きな大きなボウルに材料を入れ、手早く、へらで混ぜます。あとは、腰を使って、これまた大きな泡立て器でシャッシャッと攪拌。

    最後に、雲のようにふんわりとしたメレンゲを入れ(これがケーキ表面の穴の秘密?)、さっくり混ぜ合わせて、生地づくりは完了。年季の入った型に流し込み、30年物のオーブンでじっくり焼き上げます。

    画像: 生地を流し込んでいるのが三代目の滋之さん。ゴンドラの味の継承者

    生地を流し込んでいるのが三代目の滋之さん。ゴンドラの味の継承者

    さてさて、待つこと数十分で、ケーキが焼き上がったようです。ここからが、第二の見せ場。

    オーブンを開けたら真剣勝負。ほかの作業をしていた職人さんたちもいっせいに集まり、作業に参加します。

    軍手をはめオーブンから次々とケーキを取り出す人、生地と型の間にナイフをすっと滑らせ、やさしく型からケーキを取り出す人、それをバットに並べる人……一糸乱れぬ連携プレーです。

    画像: カット用のパウンドケーキを切り分けているスタッフ。店舗のすぐ奥が工房。「こんな都会で、店と工房が一体になっている店は、そうはないと思いますよ」

    カット用のパウンドケーキを切り分けているスタッフ。店舗のすぐ奥が工房。「こんな都会で、店と工房が一体になっている店は、そうはないと思いますよ」

    そして、最後に真打登場。進さんが大きなはけで、ラム酒をささっとぬっていきます(ああ、これが、あのしっとり感の秘密なのでは!)。

    画像: 焼き上がったパウンドケーキを、スタッフ総出で仕上げる。最後のラム酒をぬる作業は、進さんの役目。この作業が、しっとりした食感につながっている

    焼き上がったパウンドケーキを、スタッフ総出で仕上げる。最後のラム酒をぬる作業は、進さんの役目。この作業が、しっとりした食感につながっている

    香り高いラム酒は、ラム酒の聖地といわれるフランス領マルティニーク島の12年熟成物、最高級品です。

    この作業が完了したら、数日ねかせて(つくってから1週間くらいのものが一番おいしいそう)、包装をして店頭に並べます。

    一度に焼くのは相当な数のパウンドケーキですが、焼き上がりからはけぬりまでの時間は、ほんの数分。目にも留まらぬ速さとは、まさにこのこと。

    「大事なのは手際。焼き上がったらどんどん型から出さないと乾燥しちゃうし、熱いうちにラム酒をぬることで、うま味を吸収させられるし。手際よくやることがおいしいものをつくる条件ですよ」

    自分が食べてみて、「これ、いいな」「好きだな」と思うものだけを、店に並べている

    お菓子づくりを始めて半世紀以上の進さん。くり返し、くり返し、同じお菓子をつくってきました。

    プロの職人さんですから、常に、おいしいケーキを店に送り出します。でも、そのなかでも、「今日は最高にうまくできたぞ」という日があるのだそうです。

    そんなときには、何人かの常連さんの顔を思い浮かべ、「ああ、あの人に食べてもらいたいな」と思うのだといいます。

    そんなお客さんのことを、「親戚みたいなもの」と表現する進さん。そんな「親戚」が店にやってきたら、「今日は、こっちのケーキがおすすめです」と、正直に申告します。

    使う材料はすべて天然だから、時として風味は違うし、人間がつくるものだから、機械のようにぴたりと同じ味をつくるというわけにはいかないからです。

    画像: 進さんは、洋菓子の世界大会、クープ・デュ・モンド審査員も務める、業界の重鎮。若き進さんと写真に写るのは、世界的なパティシエ、ガストン・ルノートル

    進さんは、洋菓子の世界大会、クープ・デュ・モンド審査員も務める、業界の重鎮。若き進さんと写真に写るのは、世界的なパティシエ、ガストン・ルノートル

    「おいしいという基準は人それぞれ。10人いたら、10タイプのおいしいがあるはずです。そのときの体調や気分によっても日々変化するでしょうし。難しいですね」

    だから、進さんは「みんなが食べておいしいものを」なんていうことは考えません。信じるのは、自分の舌だけ。自分が食べてみて、「これ、いいな」「好きだな」と思うものだけを、店に並べているのだといいます。

    「私の好きな味に賛同してくれる方が、うちのお客さまだと思っていますよ」

    もっと食べたい。その欲求こそが真のおいしさ

    では、進さんが考える“おいしい”の基準は、どんなところにあるのでしょうか?

    「ケーキってのは嗜好品でしょう。だいたいは、ごはんのあと、おなかがいっぱいのときに食べる。そんなときでも、するっと喉に通って、食べ終わったあとに、ああ、もう一個食べたいな、そう思えるものが、私の考える“おいしい”ケーキなんですよ」

    そこには、材料がどうとか、つくり方がどうとか、細かい理屈は一切なし。「もっと食べたい」、そのシンプルな欲求こそ、進さんの求めるおいしいケーキなのです。

    画像: フランボワーズのムース。生ケーキは四季折々の新鮮な旬の素材を使用

    フランボワーズのムース。生ケーキは四季折々の新鮮な旬の素材を使用

    その理想に到達するために、進さんは今日も夜も明けきらぬうちから、腕まくりをして、お菓子づくりの「いい加減」を探ります。

    「結局は日々の積み重ね。ひとつひとつの作業をていねいにして、細かいところに気を配って、おいしいものができる。そのくり返しでしかありません。グッドがベターになって、ベターがベストになるように努力を続けていくしかないですよね」

    画像: 間違いない味、折り目正しいパッケージは、手土産界で揺るがぬ地位を築く

    間違いない味、折り目正しいパッケージは、手土産界で揺るがぬ地位を築く

    パウンドケーキには、長年の常連だったエッセイストの三宅菊子さんの書いた一文が、しおりとなり添えられています。

    『秘伝というのは結局、頑固なほどに「ちゃんとした」つくり方をするという、つまり配合や火の具合以前の、人生観なのだ。と、このパウンドを食べるたび、「いい仕事をして生きて行くこと」の意味を教えられるような気がする。』

    おいしさの秘密は、一日にしてならず。毎日、ただひたすらに、天気を読み、泡を立て、粉を混ぜる。そのくり返しでこそ、人の心を弾ませるようなケーキは生まれるのです。

    ゴンドラのパウンドケーキ おいしいお菓子は満腹でも(前編)へ ⇒

    <撮影/有賀 傑 取材・文/鈴木麻子(fika)>

    ゴンドラ
    東京都千代田区九段南3-7-8
    ☎03-3265-2761
    9:30~19:30(土曜は~18:00)
    ㊡日曜、祝日(12月は無休)

    ※トップの写真について
    上から時計まわりに、レモンパイ、オムレット、カットパウンドケーキ、マドレーヌ、サブレー、サバラン、クッキー詰め合わせ。どのお菓子も絶品ぞろい

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    This article is a sponsored article by
    ''.