(『天然生活』2014年7月号掲載)
せ しょうゆ
しょうゆといえば、室町時代に完成した、日本の食文化を代表する調味料です。
食欲をそそる香り、自然のうま味をたっぷりふくんだ塩味のなかのやさしい甘味……世界的にも類を見ないバランスのとれた調味料です。
だからこそ、調理の工程の最後のほうに加えて、この特徴を最大限に生かすことが、上手な使い方です。さしすせその「せ」をせうゆ=しょうゆといった先人は、そのことをよく理解していたのです。
これからは、しょうゆを、塩分を決める調味料ではなく、風味をプラスする調味料と考えてください。ぐっと味つけが洗練されます。
風味の一部が香りなのですが、しょうゆをこがすことで特徴的な香りをつけて仕上げる手法もあります。
この場合も、もちろん仕上げに。でないと、苦味が出てしまいます。
ただし、料理によっては、最初からしょうゆを加えて煮込むことで、味はもとより、こっくりとした色をつけたいという煮ものもあります。豚バラの角煮や卵のしょうゆ煮などです。色やつやも、しょうゆの大きな魅力です。
濃い口しょうゆのほかにもう一本そろえたいのが、吸いものには欠かせない、関西生まれの淡うす口くちしょうゆ。
これは、さらに風味づけとしての要素が強く、加えるのは最後の最後です。
せ しょうゆ
3つの作用
1 最後に加えて風味を生かす
煮ものにおけるしょうゆは、塩味を補うためだけでなく、独特の香りやうま味など、風味を補うためのもの。しょうゆの香りは繊細で、長く加熱していると逃げてしまうので、火を止める直前に加えて、そのまま食卓へ。
2 熱を利用して香りを出す
吸いものなどに最後に落として楽しむ香りや、餅や焼きおむすびに、しょうゆをぬってじか火であぶる、いい香り。あれは、しょうゆの中のアミノ酸と糖分が熱によって化学反応(メイラード反応)を起こしたことによるもの。
3 淡口しょうゆは香りづけ
だしが香り立つ、お吸いもの。これも日本人の心の琴線に触れる美味。淡口しょうゆで味を決めるのではなく、塩で9割、味をととのえてから火からおろし際に淡口しょうゆを加え、香りと風味を最大限に生かします。
クレソンのだしびたしのつくり方
火を止めてから淡口しょうゆを加えて、ひたし地に風味を残す。
材料(4人分)
● クレソン | 4束 |
● ちりめんじゃこ | 適宜 |
● だし汁 | 1カップ |
● 酒 | 大さじ2 |
● 塩 | 小さじ1/2 |
● 淡口しょうゆ | 大さじ1 |
つくり方
1 クレソンは葉と軸に切り分ける。沸騰した湯に塩少々(分量外)を加え、軸、葉の順に加えてさっとゆで、水にとる。水けをしぼり、3cm長さに切り、ボウルに入れる。
2 鍋にだし汁を沸かし、酒と塩を加えて火を止める。淡口しょうゆを加え、常温になるまでおく。1のクレソンにまわしかけてなじませ、器にだし汁とともに盛り、じゃこを添える。
ポイント
冷やしていただくおひたしも、だしをひと煮立ちさせて火を止めてから淡口しょうゆを加えて、香りと風味を残すことが大切。ひと肌に冷めてからクレソンを加えて冷蔵庫で冷やすが、こうすると長く風味が残る。
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日本人であれば、本醸造といわれる昔ながらの濃口しょうゆの製法を知っておきたいものです。
まず、蒸した大豆と炒った小麦を合わせ、そこへ麹菌を混ぜ、さらに食塩水を加えて発酵・熟成させ、できたもろみを熟成させてから搾ります。
必要に応じて濾過、火入れしてびん詰め。醸造過程で、大豆にふくまれるタンパク質が分解されて、うま味のもとであるアミノ酸になり、小麦の糖分が甘味や香りになります。
濃口しょうゆのほかに、吸いものの味つけなどに欠かせない淡口しょうゆもあります。
こちらは、色づきを抑えるために小麦の割合を増やしたり、塩分を増して発酵を抑えたりする工夫がなされていて、一般的には塩分が高めです。
おすすめのしょうゆ
しょうゆ
「ヤマサ特選 有機丸大豆の吟選しょうゆ」
有機栽培の丸大豆と小麦、天日塩で仕込み、6カ月かけて熟成。
(問)ヤマサ醤油お客様相談室
➿0120-803-121
淡口しょうゆ
「うすむらさき」
塩分量は変えずに、発酵期間を短くして色を抑え、仕上げに米麹を加えて香味をよく。
(問)きぢ醤油
TEL.0823-79-5026
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「さしすせそ」の底力
料理が素材になんらかの味をつける作業であることを考えれば、調味料の果たす役割は重大です。
また、日本料理が世界に誇れるゆえんも、酒造りとともに生まれた麴を用いて、しょうゆ、味噌、米酢、みりんという固有の調味料が発達したからにほかなりません。
一番の基本となるのが、料理の「さしすせそ」。
それは、砂糖、塩、酢、しょうゆ(せうゆ)、味噌の順に加えるとおいしくできますよ、という先人の知恵です。
そこには、「粒子の細かい塩を先に加えると、粒子の大きい砂糖が中まで入らないから、砂糖は先に」、「しょうゆや味噌は香りがとばないよう最後に」、「酢の酸味をほどよく利かせたければ調理のなかほどに」と、料理を科学でとらえた真理が込められています。
実際、教えのとおりに料理をすると、少ない調味料でしっかり味が入ります。
健康にもよく、時短にもなる。そして何より、素材の味が感じられて、おいしいのです。
調味料は「味」を「調(しら)」べて「料(はか)る」と書きます。
理にかなった方法で調理することが料理の腕前をこんなにも上げるのかと驚かれることでしょう。
<料理/松田美智子 撮影/川村 隆 取材・文/小松宏子>
松田美智子(まつだ・みちこ)
1993年から料理教室を主宰し、日本料理をベースにした家庭料理を教える。「おいしさには理由がある」をモットーに、伝え継がれた料理の科学を追求。著書に『松田美智子 調味料の効能と料理法』(誠文堂新光社)、『季節の仕事』(扶桑社)など多数。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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