我が家の丁稚
我が家には3年ほど前から、丁稚が住み込んでいます。
彼は丁稚と呼ばれながらも、その扱いはもう殿様でして、もう、真綿にくるむような、箱入りの、乳母日傘で……まったく、その名前にふさわしくたとえも古臭いのですが、とにかく、それはそれは、大切にされているわけです。
この名は、家族の反対を押し切り、落語好きの私が名付けました。「熊」、「八」、「金坊」、「定吉」など、候補はさまざまあったのですが。
さて、ここから大いに自慢です。
丁稚が我が家にやってきたのは生後5ヶ月くらい。
これまで一度もうんちもおしっこも失敗したことがありません。
ほとんど吐くこともなく、健康優良児です。短所といえば、写真映りが極端に悪いことでしょうか。
写真を撮っても撮っても、実物の可愛さには及ばない。とても残念です。本当はこの数倍は美男子なのです。
お風呂も大嫌いですが、ぜーんぜん臭くない。もう本当にびっくり。
口の中は、キャットフードのちょっと生臭い匂いがするのに、それで体じゅうベロベロ舐めているのに、ちーっとも臭くない。むしろお花のようないい匂い。本当に、なんでだ?
そして、人間のごはんもほぼほしがりません。鶏のささみなどをお皿に入れるのですが、あまり興味がない様子。
……鶏だから? 牛じゃないから? アジのたたきを出したけれど、特に興味なし。下魚だから?(実は彼は我が家に来る前、湾岸のタワーマンションでラグジュアリーな保護猫暮らしをしており、牛の赤身や築地直送のお刺身を常食としていたのです)
でも、チュールにだけは目がない様子。うーん、いいねえ、猫だねえ!!
性格は、いたってひかえめ。「かまってかまって!」という激しい主張はできません。
じっと見つめる、何気ない顔を装って近づいてきてスリスリする、遊んでほしいおもちゃを、背後からそっと運んでくる、背中をやさしくたたく、などします。
また、スリスリは自分からならOKですが、こちらからグイグイ近寄ると迷惑そうな顔をしがちです。
でも、そこでシャーッと威嚇したり、引っかいたりするでもなく、「……仕方ニャイな」と若干遠くを見つめつつ耐えています。万事ひかえめなのです。
しかしあまりにしつこいと、「マジでやめてね」と甘噛みします。あくまで甘噛みってとこが、謙虚じゃあないですか!
そして来客は大嫌い。家族にしかなつきません。しかも、息子にだけ、異常に心を許しています。
息子が帰宅すると、「アン、アン」と子犬のような甲高い鳴き声でじゃれついています。夜も彼と一緒に寝ます。
でも基本、誰といるときでもしっぽはピンと立っているので日々、ごきげんではあるようです。
ここのところで、いちばんの感動したエピソードを披露いたします。
私が椅子で本を読んでいると、背もたれのクッションで丁稚がガリガリと爪とぎを。「ああ、爪研いでるね~」と何の気なしに振り向きますと、バッチリ目が合いました。
不思議そうな顔で見上げる丁稚。そしてそっと、手を伸ばし、私の頰に触れたのです。肉球ぺたり。
そう、そのとき! 丁稚の爪は引っ込んでいた!! 一瞬にして、研いでいた爪を引っ込めたわけですよ。「この人のほっぺたはやさしく触ってあげなくては」と、この小さい頭で一瞬にして判断したわけです。
なんて賢いのだ、丁稚!なんてやさしいのだ、丁稚、うううう、このやろう!
いかがでしょう、我が家の丁稚たん。それにしても猫、ここまで可愛いとは思いませんでした。
そして自分が、ここまで骨抜きにされるとも。
福山雅美(ふくやま・まさみ)
ライター。おもに料理、インテリアなど暮らしまわりの原稿を手がける。寄席好き落語好き相撲好き。好きな噺は「青菜」。好きな力士は正代。