ぺーやん
ペーやんは四匹目の猫で、今まで暮らした猫たちのなかでは、いちばん気難しい性格。
警戒心が強くて、気まぐれで、突然噛む。そしてよく喋る。
話しかけると返事をするのは面白いけど、自分の要求(メシ)が通るまで、鳴き続ける。
残念なことに彼は太っている。だから、健康のために彼の要求すべてに応えてやることはできない。
毎回の食事はいちおう計量してあげている。にもかかわらず、太っているのは、彼のしつこいメシの催促に負けて、何粒かのドライフードを皿に振舞ってしまうせいだけではないだろう。
彼の一日をみていると、ほぼ寝ている。
遊ぶ仲間もいないから気の毒に思って遊びを仕掛けると、はじめこそ本気で走り回っているけれど、すぐに楽な寝技をみつけ、気がつくとこちらのほうが額に汗して紐を振り回している始末。
人間でいうと56才。確かに無邪気に走り回って気が済むお年頃でもないか。
食べることと眠ることがとても楽しみだということは、私も同世代としてよーくわかる。
気まぐれなのも、寝てばっかりいるのも、突然噛むのも、仕方ない。猫だもの。
ただひとつ、本当にやめて欲しいのは、朝方、私を起こすこと。
この十年、毎朝四時前後に必ず起こされる。起きるまで根気よく鳴き続ける。
仕方なくねぼけまなこで皿にドライフードを何粒かやると、おとなしくなる。だが眠りを中断されたほうはたまらない。
私が夜九時に寝て朝四時起きの生活にすれば解決するのだろうが、なかなかそれも難しい。
そこで、前から気になっていた自動餌やり機を導入してみた。十年目の英断だ。
雪国のスリッパみたいな餌やり機は、電池式のタイマーが回って、時間になると蓋がパカっと開く原始的な仕組み。はじめは警戒するかと思っていたら、思いのほか無関心なようす。
いつも起こされる時間に蓋が開くように設定して、寝床に入った。
目が覚めたら朝だった。餌やり機のおかげで朝まで眠ることができたのだ! ばんざーい! もっと早く試せばよかった。
しかし、その喜びも束の間。五日もすると、彼はその入れ物にメシが入っていることをすっかり覚えて、それを目にすると、ガシガシ前足で入れ物を掻き、頭突きし、猛烈に攻撃を始めたのだ。
頭いいなあ…。
自動餌やり機は却下。やはり早寝早起きしかないか。
付け加えると、ぺーやんは今まで暮らした猫の中で、いちばん頭がいい。
このこと(頭がいいこと)を、彼を知る周りの友人たちに話しても、皆笑って誰も信じてくれないのだが。
(その後、自動餌やり機のタイマーを自分で解除する猫の動画をみた。上には上がいるのだ!)
小林聡美(こばやし・さとみ)
1965年東京生まれ、俳優。主な出演作に、映画「かもめ食堂」「めがね」「プール」「マザーウォーター」「紙の月」など。エッセイの著作も多い。 2021年1月15日、WOWOWオリジナルドラマ「ペンションメッツア」 WOWOWで詳しく見る がオンエア開始。 https://www.wowow.co.jp/drama/original/pensionmetsa/