• インドの人々と布づくり・服づくりを続ける「CALICO」代表・小林史恵さんの文章と、“旅する写真家”在本彌生さんの色彩豊かな写真で案内する、今を生きるインドの美しい手仕事布をめぐる旅。今回は、豊かなインド布の色についてのお話を紹介します。
    (『CALICOのインド手仕事布案内』より)

    色の大地、インド

    インド大陸には、その成熟した織りの文化と同等の、場合によってはそれ以上に豊かな染めの文化がある。現代のインドのひとびとの色に対する関心の高さを考えても、身の回りの植物や鉱物を用いてさまざまな色が試みられてきたことが容易に想像できる。

    私が最初に手に入れたアンティークの布は、ラハリヤ(laharia)*1 だった。当初そこで買い物をするつもりはなく、見なければよかったと後悔さえした。しかし、黄色にうっすらとさまざまな色が入っていて、一見してそれは自然の配色で、こんなに豊かな自然のカラーパレットがかつてはあったということに興奮を覚えた。いつかゆっくりと、このような色彩をつくっていた布の現場を訪ね歩きたいと思った。

    *1:ラハリヤ
    グジャラート州やラージャスターン州で行われてきた巻き絞り染め。“laharia”は“波”の意。細幅の薄いモスリンや絹を斜めのらせん状に巻き、防染部分を糸で括って染める作業を繰り返すことで、カラフルな波模様や斜め縞、格子縞などを染めだす。

    そんなインド布の色において、とりわけ大事な役割を果たしているのは、やはり茜色だ。現存するインド最古の布片が茜染めだったとされている通り、茜の赤は、古来、インドを代表する色のひとつだったとされる。その朱色やピンクがかった色味は、ターメリックのイエローと並んで、ヒンドゥー教徒に好まれる色でもある。

    画像: スフィヤンの茜染めアジュラック

    スフィヤンの茜染めアジュラック

    赤は力強く、最もインドらしいイメージを駆り立てる。100年ほど前に、藍にとっての合成藍のように、茜に変わる色としてアリザリンが世に出てくると、たちまちに市場を席巻した。赤系の色は、藍と比べても堅牢度が低く、それは化学染料による染めであっても変わらない。そのため比較的濃く定着するアリザリンが重宝されたのは、当然のこととも思える。

    画像: シドルクラフトとCALICOで企画したバンダニによるバンダナスカーフ。ラックと茜(左)、ターメリックとザクロの皮(右)などで染めている

    シドルクラフトとCALICOで企画したバンダニによるバンダナスカーフ。ラックと茜(左)、ターメリックとザクロの皮(右)などで染めている

    そのほかにも、真紅を思わせる蘇芳(すおう)、植物性にはない強い青みを秘める紫やピンクのラックカイガラムシ(通称ラック)、オリッサ州など東南部で盛んに使われる、黒茶かかった渋い赤のアール(植物の根)などがある。昔の資料などを見ると、鮮やかなピンクも多く、紅花も使われていたのではないかと思うが、残念ながら現代では紅花染めを見ることはない。

    ラックは、それを普及する業者がいるからか、近年、瞬く間にインド中の染め場で使われることになった。価格が上昇し、元来使っていた染め師の手に届かないものになってしまったのは皮肉だ。ラックは、アッサム州やチャティスガール州で採取されてきた。最近では、アメリカ大陸由来のコチニールカイガラムシを使うひとも出てきたと聞く。藍の世界と同様に、赤の世界には赤の世界の狂想曲がある。

    黄色は、それぞれ各地の花を使うことが多いように思う。土地によってさまざまだ。カッチのカトリーは、ザクロの皮とターメリックで鮮やかな黄色をつくってきた。少し青味がある黄色にはヘナを使っている。寺院に供えられるマリーゴールドもよく使われる素材だ。最近よく見るのはユピトリウムという花。また、オニオンスキン(玉ねぎの皮)も濃い黄色をつくる。これらの黄色と藍を掛け合わせたグリーンは、海の底を思うような深い色で、目にするたびに興奮を抑えることができない。

    また、黒は伝統的に蹄鉄などの鉄を酸化させた鉄しょうを使うことが多いが、カッチの織り師ヴァンカルのように、バニラビーンズに似たアカシヤを使う例もある。その色は、真っ黒というよりも墨黒だが、それに濃いラックの色を掛け合わせると、なんとも言えないよい黒がつくられる。

    紫がかったグレーをつくるのは、南米産のログウッドやアルカネットなどだ。もはやインドのものという感じはしないが、インドの染めの世界では、すでに市民権を得た色となっている。

    画像: ロイヤルブロケーズのパレシュが手がける色とりどりの糸。糸は絣の模様に合わせて防染用の糸が巻かれ、染め分けられている

    ロイヤルブロケーズのパレシュが手がける色とりどりの糸。糸は絣の模様に合わせて防染用の糸が巻かれ、染め分けられている

    現在ではいわゆる染め師のみならず、織りなどの職人までもがさまざまな染料を研究し、試行錯誤している。それぞれの土地、あるいはそれぞれの工房での天然染料のカラーパレットをつくるのが、これからのスタンダードになっていくだろう。まさに千紫万紅(せんしばんこう)の世界である。

     

    本記事は『CALICOのインド手仕事布案内』(小学館)からの抜粋です


    〈文/小林史恵 写真/在本彌生〉

    小林史恵(こばやし・ふみえ)
    大阪生まれ、奈良育ち。キヤリコ合同会社(日本)/CALICO SANTOME INDIA LLC(インド) 代表・デザイナー。2012年、デリーを拠点に、インドの手仕事布をデザインし、伝える活動、CALICO:the ART of INDIAN VILLAGE FABRICSを始動。日本では企画展や取扱店を通じてCALICOファンを増やし続けている。近年はインド手仕事布のエキスパートとして、ブランドの活動以外でも国内のイベントや展覧会の企画に関わる機会も増えている。2021年3月、奈良公園内に日本の拠点となるギャラリー・ショップ「CALICO : the Bhavan」(キヤリコ:ザ・バワン」をオープン。
    instagram:@fumie_calico

    CALICO : the Bhavan
    月曜定休 10-17時
    〒630-8211 奈良市雑司町491-5
    電話:0742-87-1513
    メール:calicoindiajp@gmail.com
    www.calicoindia.jp/

    在本彌生(ありもと・やよい)
    東京生まれ。フォトグラファー。外資系航空会社で乗務員として勤務するなかで写真と出会い、2003年に初個展「綯い交ぜ」開催。2006年にフリーランスフォトグラファーとして本格的に活動を開始。世界各地であるがままのものや人のうちに潜む美しさを浮き彫りにする“旅する写真家”として知られ、雑誌や書籍・ファッション・広告など幅広いジャンルで活躍している。著書に写真集「MAGICAL TRANSIT DAYS」(アートビートパブリッシャーズ)、「わたしの獣たち」(青幻舎)、「熊を彫る人」(小学館)などがある。
    instagram:@yoyomarch

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    『CALICOのインド手仕事布案内』(小学館)|amazon.co.jp

    『CALICOのインド手仕事布案内
    いまを生きるインドの美しい布をめぐる旅』
    (小林史恵・著 在本彌生・著、撮/小学館・刊)

     

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    CALICO:the ART of INDIAN VILLAGE FABRICSを主宰し、インドの手仕事布の現状を最もよく知る日本人のひとりでもある小林史恵さんが、インドでの仕事を通じて経験したこと、布探しの旅のなかで見聞きしたさまざまな“手仕事布の世界” を案内します。
    さらに“旅する写真家” としても知られる在本彌生さんの、色彩豊かで生命力あふれる写真の数々も必見です。

    産地や作り手の紹介にとどまらず、布づくりの背景にある思想や哲学を知ることができる本書。インドの手仕事布の“今”がわかる貴重なドキュメントでもあり、布を知るごとに実物にふれてみたくなる、布好きにはたまらない一冊です。



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