• インドの人々と布づくり・服づくりを続ける「CALICO」代表・小林史恵さんの文章と、“旅する写真家”在本彌生さんの色彩豊かな写真で案内する、今を生きるインドの美しい手仕事布をめぐる旅。今回は、インドにおける天然素材の復興のお話を紹介します。
    (『CALICOのインド手仕事布案内』より)

    天然素材の復興

    インドには、ヴェーダ(Veda)と呼ばれる知識体系があり、自然の中で人がどうあるべきかを問う文化が根付いている。経済成長を享受し、衣食住が急速に変化した現代においても、精神的な成熟や根源的な豊かさを問うひとびとの数は、その所得の多寡にかかわらず、私たちの想像よりもはるかに多いかもしれない。

    そうした背景も手伝って、これからのインドが目指す豊かさは、20世紀に先進国が受け入れた物質至上主義ではなく、少量でも天然素材や手仕事のものを、手ごろな価格で手にできることなのではないかと思っている。もっともその流れは、インドに限らないことかもしれない。

    そうした天然資源の素晴らしさが謳われてから久しいが、たとえば化学染料が出現した19世紀以降において、天然染料の種類が最も豊富になっているのは現在なのではないだろうか。その傾向は、染め師や織り師、Maku*1 や11.11/eleveneleven(イレブンイレブン)*2 などの天然染料にこだわった多くのスローファッションを謳うデザイナーの活躍と相まって、いよいよ高まってきているように思える。

    * 1:Maku Textiles
    デザイナーのサンタヌ・ダスが主宰するコルカタ発のファッションブランド。サンタヌは著者の同士的存在でもあり、CALICO はMaku を日本国内で紹介している。

    *2:11.11/eleven eleven
    デザイナーのシャニ・ヒマンシュが2008年にスタートしたブランド。“seed to stitch”(種まきから縫製まで)という理念のもと、インドの伝統的なものづくりと現代のファッションを融合させたデザインを発信している。

    2017年にコルカタで開催された『INDIGO SUTRA』(インディゴ スートラ)というイベントは、世界中からインディゴ(藍)の関係者が集まり、美と知の交流を行った。私の周りでも、それを契機に本格的に藍染めを始めたという織り師が数名いる。それは、互いに刺激を交換し合う素晴らしい機会だった。

    画像: リビングブルー(藍染めを手掛けることで有名になったソーシャルベンチャー)で使われている天然染めの原料。写真はミロバランの実

    リビングブルー(藍染めを手掛けることで有名になったソーシャルベンチャー)で使われている天然染めの原料。写真はミロバランの実

    画像: 茜の根

    茜の根

    画像: 玉ねぎの皮

    玉ねぎの皮

    画像: ザクロの皮

    ザクロの皮

    染料だけではない。コットンやウールなどの繊維素材についても、在来種の保護・推進の動きが盛んだ。インドでも、Btコットン*3 やメリノウールなど産業利用しやすい外来種が市場を席巻した結果、均一的な素材ばかりになってしまった。効率化を追求した結果、平坦で無味乾燥なモノがあふれてしまったのだ。元来の野趣あふれる素材に対するニーズは決して低くないのに、だ。

    *3:Btコットン
    Bacillus thuringiensisという土壌細菌から抽出した殺虫性タンパク質をつくる遺伝子を種子に組み込み、害虫への抵抗制を高めた遺伝子組み換え綿。

    それは、インドにおいては“アイデンティティ”の問題でもある。インドはそのひとびとを見てもわかる通り、多様性の国だ。効率が悪い、都合が悪いということで淘汰されていくひとや文化があってはならない。多様ということは、それぞれのアイデンティティが明確にあり、尊重されることが不可欠だ。彼らにとって、在来種を護るということは、自分たちの尊厳を護ることでもある。

    天然素材は、古と変わらないまま、それぞれの土地の普遍的な美しさを顕す。そうしたものを尊び、育むのは、インドと日本の共通の文化であり、今後、仮にものの価値が一変するようなことがあったとしても、ますますそうしたものの価値は高まるとしか思えない。

     

    本記事は『CALICOのインド手仕事布案内』(小学館)からの抜粋です


    〈文/小林史恵 写真/在本彌生〉

    小林史恵(こばやし・ふみえ)
    大阪生まれ、奈良育ち。キヤリコ合同会社(日本)/CALICO SANTOME INDIA LLC(インド) 代表・デザイナー。2012年、デリーを拠点に、インドの手仕事布をデザインし、伝える活動、CALICO:the ART of INDIAN VILLAGE FABRICSを始動。日本では企画展や取扱店を通じてCALICOファンを増やし続けている。近年はインド手仕事布のエキスパートとして、ブランドの活動以外でも国内のイベントや展覧会の企画に関わる機会も増えている。2021年3月、奈良公園内に日本の拠点となるギャラリー・ショップ「CALICO : the Bhavan」(キヤリコ:ザ・バワン」をオープン。
    instagram:@fumie_calico

    CALICO : the Bhavan
    月曜定休 10-17時
    〒630-8211 奈良市雑司町491-5
    電話:0742-87-1513
    メール:calicoindiajp@gmail.com
    www.calicoindia.jp/

    在本彌生(ありもと・やよい)
    東京生まれ。フォトグラファー。外資系航空会社で乗務員として勤務するなかで写真と出会い、2003年に初個展「綯い交ぜ」開催。2006年にフリーランスフォトグラファーとして本格的に活動を開始。世界各地であるがままのものや人のうちに潜む美しさを浮き彫りにする“旅する写真家”として知られ、雑誌や書籍・ファッション・広告など幅広いジャンルで活躍している。著書に写真集「MAGICAL TRANSIT DAYS」(アートビートパブリッシャーズ)、「わたしの獣たち」(青幻舎)、「熊を彫る人」(小学館)などがある。
    instagram:@yoyomarch

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    『CALICOのインド手仕事布案内』(小学館)|amazon.co.jp

    『CALICOのインド手仕事布案内
    いまを生きるインドの美しい布をめぐる旅』
    (小林史恵・著 在本彌生・著、撮/小学館・刊)

     

    『CALICOのインド手仕事布案内』(小学館)|amazon.co.jp

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    CALICO:the ART of INDIAN VILLAGE FABRICSを主宰し、インドの手仕事布の現状を最もよく知る日本人のひとりでもある小林史恵さんが、インドでの仕事を通じて経験したこと、布探しの旅のなかで見聞きしたさまざまな“手仕事布の世界” を案内します。
    さらに“旅する写真家” としても知られる在本彌生さんの、色彩豊かで生命力あふれる写真の数々も必見です。

    産地や作り手の紹介にとどまらず、布づくりの背景にある思想や哲学を知ることができる本書。インドの手仕事布の“今”がわかる貴重なドキュメントでもあり、布を知るごとに実物にふれてみたくなる、布好きにはたまらない一冊です。



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