• 山奥でエミューと暮らす砂漠さん。卵からすくすくと成長していくエミューちゃんとの一喜一憂の日々をつづります。今回は、エミューの生態を調べるところから、いよいよ本物のエミューの卵を手にするまでのお話をお届けします。

    ここから命が生まれるなんて想像もできない

    某月某日
    マッドマックス 砂漠のエミュロード

    画像1: 某月某日 マッドマックス 砂漠のエミュロード

    友達にエミューを押し付けられる前に、エミューの飼い方を調べなければならない。わたしは、手始めにエミューの生態を調べはじめた

    調べ始めてすぐに、私は、あまりにも意外なエミューの生態に心乱された。

    なんと、野生のエミューは花が好きで、砂漠の中でわずかな間だけ咲く花畑を求めて、砂漠地帯を何百キロも移動するらしい。

    「なんてロマンチックな鳥なんだろう」

    実は私も砂漠の中のワイルドフラワーが好きで、南アフリカの砂漠に一晩だけ現れるという蜃気楼のような花畑を探して、ジープで砂漠を旅したことがある。

    私は、エミューとともに砂漠をさまよう旅人になった自分を想像した。時速50キロで走るエミューとともに、マッドマックスみたいないかつい車にのって、幻の花畑を探して広大な砂漠を駆け巡るのだ。

    強くて疾いエミューちゃんと一緒なら、どんなに過酷で荒廃した世界でも生きていける気がする。

    画像2: 某月某日 マッドマックス 砂漠のエミュロード

    新居は砂漠ではないけれど、長い間人に忘れられいつしか草木に飲み込まれていった広い耕作放棄地の中にあった。

    その一部を、エミューのための花畑にできないだろうか

    荒れ地にスコップを入れると、岩のようにカキンと音がした。最初はスコップと鍬で耕そうとしていたが、すぐにそれがツルハシに変わり、いつしかガソリン式の耕運機に変わった。

    一日中耕してもほんのわずかな土地しか開墾できず、あっという間に手のひらはマメだらけになった。

    真冬の山には誰もいない。

    静かで、鳥の声だけがひびき、唯一聞こえる人の声は、集落の防災スピーカーから流れる「緊急事態宣言が発令されています。外に出ないでください」という音声だけ。

    そんな場所で、私はひとり野蛮なエンジン音を響かせて、岩のような大地を掘り起こしていく。

    ここで農作業をしていると、核戦争で誰もいなくなってしまった世界でひとり、自給自足をしているかのような気持ちになる。

    誰もいない荒れ地を花畑に変えて、エミューちゃんとふたりきりで生きるんだ。

    真冬の夕暮れに、土煙とオイルの匂いが漂っていた。

    某月某日
    遠くから小雪の舞う日

    画像: 某月某日 遠くから小雪の舞う日

    それにしても、いまやすっかりその気になっている。まるで、エミュー飼育が子供の頃からの夢だったかのような錯覚さえしてきた。

    最近の趣味は、海外にいるエミュー飼育者たちのブログを読むことだ。

    海外には、ペットとしてエミューを飼っている人がときどきいて、掲示板では孵化の最適温度や病気への対応について、活発に意見交換がされている。

    人工保育で単独飼育をしているエミューはかなり人に慣れるようだ。

    ある海外の動画では、巨大なエミューが室内を闊歩し、リビングに寝そべり、無邪気に足をばたつかせて子どもたちと遊んでいた。完全に家族の一員という感じだ。

    「いざとなれば食べることもできます」

    私は、友人の言葉を思い出し、戦慄した。食べるとか、絶対に無理じゃん…。

    「いざという日」が永遠に来ないようにしなければいけない。

    私は、何がおきてもエミューを守れる屈強な肉体と精神を求めはじめた。

    某月某日
    睫毛まで凍てつきそうな寒い日

    画像: 撮影/砂漠

    撮影/砂漠

    我が家にエミューの有精卵が届いた。

    友人が、わざわざエミュー牧場まで行って有精卵を譲ってもらってきたのだった。

    「牧場はすごく良いところでした。人間よりもエミューのほうが大切にされている感じがしました」

    「オーナーも、エミュー飼育の布教をもくろんでいるようでした」

    「ところで、孵卵器はもう手に入れましたか」

    「市販の大きな孵卵器を買いましたよ」

    「僕は、エミュー用の孵卵器を自作しました」

    友人は、自作の自動転卵機能がついた孵卵器を自慢げに見せつけた。金属製の檻に卵を入れると、ガシャンガシャンと檻が回転し、転卵がされる仕組みだ。

    金属同士がぶつかり、ギアが鳴く音が響き、猛烈にサイバーパンクな雰囲気を放っている。鳥の赤ちゃんのゆりかごとしてはあまりにもスパルタンな環境に、私はおののいた。

    「血も涙もない冷血超能力エミューが生まれそうですね」

    「僕の孵卵器は2つ入るので、砂漠さんは1つどうぞ」

    手に入れた卵は合計で3つ。友人が2つ、私が1つを孵化させることになった。

    エミューの孵化率は2割から3割程度だというから、このうち1つが孵化すれば成功といえる。

    友人から受け取ったエミューの卵は深い青色で、ずっしりと重い。慎重に両手で抱きとめると、小さな宇宙が手のひらに収まっているようだった。冷たく、ひんやりとして、ここから命が生まれるなんて想像もできない

    「本当にこれが雛になるのかなぁ」

    どこか現実感がなく、ふわふわとした気持ちで、私は孵卵器をセットした。

    巨大な卵を抱いた孵卵器は、ジジジジジというモーター音を部屋に響かせて、ゆっくりと動き出した。

    〈撮影/仁科勝介(かつお)〉


    画像: 某月某日 睫毛まで凍てつきそうな寒い日

    砂漠(さばく)

    東京生まれ東京育ちの山奥に住むOL。現代社会に疲れた人々が、野生の生活や異文化に触れることで現実逃避をする会を不定期で開催。ユーラシア大陸文化が好き。現在はエミュー育てに奮闘中。
    Twitter:@eli_elilema
    note:https://note.com/elielilema



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