• 山奥でエミューと暮らす砂漠さん。卵からすくすくと成長していくエミューちゃんとの一喜一憂の日々をつづります。今回は、エミューちゃんが生まれてからの砂漠さんの眠れぬ夜のお話をお届けします。

    エミュー飼いの一日

    画像: エミュー飼いの一日

    エミューちゃんが産まれてからというもの、私は眠れぬ夜を過ごしていた。エミューちゃんの夜鳴きに悩まされていたのだ。

    ピィ! ピィ! ピィィィイーーィッ!!!!!

    午前三時、エミューちゃんの声がベッドルームに鳴り響く。

    鳴きながら育雛器の壁をどつき、暴れている。こんな小さな体の一体どこから出てくるのだろう。

    「ごめんね、寂しい思いをさせてごめんね」

    私は、暴力息子を優しく甘やかす母親のように育雛器に駆け寄り、怯えた声で謝りながらそっとエミューちゃんの背中をさする。エミューちゃんは私の手のひらをついばみ、怒りながらも身を寄せる。

    しばらくすると、エミューちゃんはうっとりと眠ってしまい、それを確認してから私はそっとベッドに戻る。ようやく寝れる……。ホッとして、ようやく寝付いたところで、再びエミューちゃんの鳴き声が部屋に響き渡る。

    「ピィ! ピィ! ピィィィイーーィッ!!!!!」

    「ごめんね、寂しい思いをさせてごめんね」

    そんなやり取りが、一晩に幾度も繰り返される。そして、朝を告げる小鳥たちの歌が響き渡る頃、夜明けの白く清浄な光が差し込む中に、仁王立ちで起きろと激怒するエミューちゃんのかたわらに、疲れ果てて青い顔をした私が横たわっている……。

    エミューちゃんが産まれて以降、毎日がこんな感じだった。

    某月某日 

    画像1: 某月某日

    「砂漠さん、ワンオペ育児のシングルマザーみたいになってますね。大丈夫ですか」

    私の状況をみかねた友人から連絡が入った。

    「大丈夫だけど、夜鳴きがひどくて……。こういうものなんですかね」

    「うーん。自分の友達が飼ってた子はもっと大人しかったです」

    「私の育て方が悪いのかな……」

    飼育環境は同じだから、個性じゃないですかね」

    エミューちゃんは、産まれた瞬間から育雛箱をとにかく憎んでいて、箱に入れると声が枯れて力尽きるまで暴れ続けた。でも、まだ幼いエミューちゃんは育雛箱の中でしか生きられない。みかねて外に出すたびにブルブル震え、慌てて育雛箱に戻す、ということの繰り返しだった。

    「エミューちゃんにとって、壁の中で生きるのは死ぬより許せないことみたいなんですよね」

    「それがエミューちゃんの個性なんでしょうか」

    「進撃の巨人みたいですね」

    その日、鳥類は思い出した。ヤツらに支配されていた恐怖を……鳥籠の中に囚われていた屈辱を……

    私はもしかしたら、とんでもない中二病の鳥を飼い始めてしまったのかもしれない。

    某月某日

    画像2: 某月某日

    うちのエミューちゃんがあまりにも手がかかる存在であることが発覚し、友人たちから心配の声が寄せられる日々だったが、私は幸せだった。

    生後二日目、エミューちゃんが初めて歩いた日のこと。

    生後三日目、エミューちゃんが初めてキャベツを食べた日のこと。

    産まれて初めて水を見たときの不思議そうな顔。私が指で水をついばむ真似をして飲み方を教えると、おそるおそるくちばしを近づけて、水の冷たさに驚いたときの小さな声。

    エミューちゃんと過ごした瞬間を思い返すと、これからも、エミューちゃんが生きて経験するすべての瞬間をともに生きたいと感じた。エミューちゃんのお世話のために、生まれて初めて有給を取った。

    私は、有給どころか休日や盆と正月の休みも返上して働くタイプの人間だったので、心の底から、職場での評価や自分の評判をすべて捨てても良いと思えたのは、本当に初めてだった。

    俺より仕事が大事なの? 俺との生活はどうでもいいの

    何度も約束を破った挙げ句に、一緒に暮らしていた人にそう聞かれてもピンとこず、結局別れることになったことがあった。自分勝手で、わがままな性格のまま年だけとって、周りの人を大切にできなかったのだから、これから先、家族を持つことなんてできないだろうと思い、独りで山に家を持ったのだった。

    エミューちゃんは、私がいないと生きてはいけない。だから、仕事よりも遊びよりもエミューちゃんのほうが大切で、それ以上のことなんて一つもない。今までずっと言えなかった言葉だった。

    「たかが鳥なのにねぇ……」

    自分に少し呆れて、笑いながらエミューちゃんを撫でると、エミューちゃんは「私のことを何より優先するのが当然」とでも言いたげな顔で、もっと撫でるように要求した。

    画像3: 某月某日

    〈撮影/仁科勝介(かつお)〉


    画像4: 某月某日

    砂漠(さばく)

    東京生まれ東京育ちの山奥に住むOL。現代社会に疲れた人々が、野生の生活や異文化に触れることで現実逃避をする会を不定期で開催。ユーラシア大陸文化が好き。現在はエミュー育てに奮闘中。Twitter:@eli_elilema
    note:https://note.com/elielilema



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