• 日本には心惹かれる器をつくる作家が大勢います。作家と私たちの暮らしをそっとつないでくれるのが器屋さんです。鎌倉市佐助にある「夏椿」(なつつばき)は、庭つきの日本家屋で、生活を支える上質な器を扱う器屋さん。店主の恵藤 文さんに、お薦めの作家をこっそり教えてもらいました。

    暮らしを肌で感じる場所に、器を並べて

    昭和初期に建てられた情緒あふれる古民家に、現代作家の器や天然染めのお洋服、生活雑貨を並べる「夏椿」。目の前には、庭木の可憐な花や青々とした緑が目を楽しませてくれる庭が広がり、季節の移ろいを感じながらゆったりと器選びができる空間に、誰しも心を躍らせます。

    店主を務める恵藤 文さんは、二子玉川の人気器店のプロデューサーとしても知られる存在。3年ほどその店に携わった後、2009年に世田谷・上町で自身の店「夏椿」をオープンし、2018年春に鎌倉の地へと店を移しました。

    「世田谷の建物は、大家さんが代替わりして、取り壊しが決まったので、鎌倉に引っ越すことにしました。実家が横浜で鎌倉には近く、若い頃によく海の方に遊びに来たり、近隣に姉が住んでいたりと、なにかと縁のあった土地。住んでみたいとずっと思っていたんです」

    画像: 器ファンから絶大な人気を誇る「夏椿」。できるだけ昔のままの状態で、ていねいに手直しをして使われている家屋は、情緒あふれる佇まい

    器ファンから絶大な人気を誇る「夏椿」。できるだけ昔のままの状態で、ていねいに手直しをして使われている家屋は、情緒あふれる佇まい

    画像: 間伐材や雑木林で不要になった木を利用して作品づくりをする須田二郎さんの作品。木目を生かした大らかさに魅了されます

    間伐材や雑木林で不要になった木を利用して作品づくりをする須田二郎さんの作品。木目を生かした大らかさに魅了されます

    画像: 訪れる人を分け隔てなく、いつも温かく迎えてくれる恵藤さん。物腰柔らかでいながら、仕事をバリバリとこなす素敵な女性です

    訪れる人を分け隔てなく、いつも温かく迎えてくれる恵藤さん。物腰柔らかでいながら、仕事をバリバリとこなす素敵な女性です

    二子玉川のお店のプロデュースを手掛ける前は、インテリアショップに長く勤務していたという恵藤さん。お店の運営について学んだり商品の知識を深めたりと充実した日々を送っていましたが、いつしか違和感のようなものを感じるようになったそう。

    「勤めていたショップは都心にあり、住人があまりいないエリアだったんです。だから、お客さんのほとんどは、遠方からプレゼント用に品物を探しにくる方たちでした。それよりも、生活している人が多い場所で、その人たちの暮らしを支えるようなものを提案するほうが、もっと自分も楽しめるんじゃないかと思って」

    そんな想いを抱くなか、とある会社が所有する空き物件で何かお店をやってくれる人を探しているという話を人伝てに聞いた恵藤さん。そこで、器や雑貨を扱う店を提案し、その案が採用され現在に至ります。それが二子玉川の器店であり、古民家ではありませんが、それこそ人の温もりや生活感を感じられる場所。

    「その店を立ち上げようとしている頃に出会ったのが、作家の市川孝さんでした。用賀のイベントスペースで、ご自身で展示会を開催されていて、そちらに伺ってみたんです。自作の器にご自身でお茶を淹れて、お客さんにお出ししていたんですが、ゆったりとした空間で市川さんとお客さんがお茶を飲みながら和やかに会話されていて。そんなものの売り方に惹かれるものがありました」

    そうして新たなイメージが湧き、生活をリアルに感じられる場所で、器や雑貨を提案したい、と強く思うようになった恵藤さん。それは二子玉川の店に生かされ、40歳を機に始めた「夏椿」は、そんなイメージの集大成となりました。

    画像: 昔からの友人宅に訪れたような懐かしい気分に。ちゃぶ台に並ぶのは、安齋 新・厚子さん、林拓児さん、佃眞吾さんの作品

    昔からの友人宅に訪れたような懐かしい気分に。ちゃぶ台に並ぶのは、安齋 新・厚子さん、林拓児さん、佃眞吾さんの作品

    画像: 庭では、木製カトラリーづくりのワークショップやお茶会などのイベントを時おり開催。現在はコロナでお休み中ですが、「いつか再開できたら」と話していました

    庭では、木製カトラリーづくりのワークショップやお茶会などのイベントを時おり開催。現在はコロナでお休み中ですが、「いつか再開できたら」と話していました

    画像: 木下 宝さんのガラスの器。アンティークの棚と調和し、美しさが一層増します

    木下 宝さんのガラスの器。アンティークの棚と調和し、美しさが一層増します

    「器だけでなく、生活まわりのもの全般を考えていきたい」との想いから、店には天然染めの「マキマロ」の洋服、葉山の工房で夫婦で革製品を製作する「一粒舎」のバッグや小物も並びます。さらに、器作家の伊藤 環さんに提案してつくってもらったというランプシェードは、手仕事ならではの温かみを感じる逸品。生活道具を愛する恵藤さんならではの発想の賜物です。

    画像: その昔、展示会に合わせて制作してもらった伊藤 環さんのランプシェード。いまではすっかり定番人気の品に

    その昔、展示会に合わせて制作してもらった伊藤 環さんのランプシェード。いまではすっかり定番人気の品に

    変化を遂げる先を思い描いて

    そんな恵藤さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。

    まずは、群馬県桐生市で作陶する、中田 光(なかだ・ひかる)さんの茶器です。

    画像: 土ものや青磁、白磁などさまざまなタイプの器を制作する中田さん。左右ふたつは「印判瓔珞文急須」、真ん中は「印判葡萄文茶壷」

    土ものや青磁、白磁などさまざまなタイプの器を制作する中田さん。左右ふたつは「印判瓔珞文急須」、真ん中は「印判葡萄文茶壷」

    「中田さんとは、たしか松本のクラフトフェアで初めてお会いしました。初めのうちは器もつくられていたんですが、うちでの最初の展示会を終えた後、『次からは、茶器に特化して制作をしたい』とおっしゃられて、それからは茶器だけを手掛けていらっしゃいますね。すごく自分に厳しい方だと思います。でも、それだからこそだと思うのですが、最近の作品は素晴らしいものばかりで。

    今回、紹介するのは印判染付の作品で、端のふたつの急須は、瓔珞文(ようらくもん)といって、昔のインドのお金持ちの方の装身具をモチーフにしたもの。中央の茶壺は、葡萄の模様です。模様はカチッと入れるのではなく、釉薬が流れて滲んだ感じにあえてされていて、そこも素敵ですね。

    印判というのは、模様を掘った版をつくり、それを押して模様付けをしていくんですが、インドの木版に似ていて。私はインドの木版がとても好きで、お店でもインド木版更紗を扱っているんですね。色の濃さがところどころ違ったり、かすれていたり、版と版の境目がわかったりと、手仕事ならではの味わいがあります。この茶器たちはそんな印判の面白さが楽しめ、全体のバランスも見事です」

    お次は、神奈川県川崎市で制作する、谷口 嘉(たにぐち・よしみ)さんの器です。

    画像: 金の縁どりが目を引く、人気の金縁シリーズ。手前は「金縁隅切り小鉢」、左奥は「金縁長方鉢」、右奥は「金縁八角鉢」で、いずれも新作

    金の縁どりが目を引く、人気の金縁シリーズ。手前は「金縁隅切り小鉢」、左奥は「金縁長方鉢」、右奥は「金縁八角鉢」で、いずれも新作

    「吹きガラスの器は、丸みを帯びた形が基本ですが、谷口さんの作品はかっちりとしていて、とても新鮮でした。私は角ばった形の器がわりと好きで、興味深く思ってお聞きしたら、吹きガラスでも、型に入れて吹く『型吹き』という技法で制作してらっしゃるとのことでした。

    型自体も、コンクリートを使って自作されているそうで、器をよく見ると、コンクリートの跡とわかる小さな粒々があり、味わいを感じます。それに、角ばった形といっても、けして工業製品のようなカチッとした感じではなく、昔のガラス製品にあるようなゆらぎもあって、手づくりの雰囲気がよく出ていますね。

    画像: すっきり整った形のなかにも、優しいゆらぎが見てとれます

    すっきり整った形のなかにも、優しいゆらぎが見てとれます

    そういう細やかな質感も、谷口さんのなかで意図されているんだと思います。お料理を盛ってもすごく素敵ですよ」

    最後は、石川県輪島市で制作する、鎌田克慈(かまた・かつじ)さんの器です。

    画像: 左は「輪花筒椀」。右は「蓋付き正方鉢」で、赤、黒、赤溜(あかため)の3色。どの色も経年変化が楽しめますが、恵藤さんは「赤溜の色の変化が、一番面白くて大好き」なんだそう

    左は「輪花筒椀」。右は「蓋付き正方鉢」で、赤、黒、赤溜(あかため)の3色。どの色も経年変化が楽しめますが、恵藤さんは「赤溜の色の変化が、一番面白くて大好き」なんだそう

    「鎌田さんの師匠は赤木明登さんで、鎌田さんは赤木さんの一番弟子。師匠とは違う方向性を打ち出すために、鎌田さんがとっているのは乾漆という技法で、型の上に麻布を貼り付けて漆を塗り、また麻布を貼って漆を塗るという作業を何度も繰り返してつくります。漆は『透過』といって、使ううちに透明度が増してくるんですが、乾漆の器は、使い込むと麻布の布目が漆から透けて見えて、とても素敵です。

    乾漆は仏像制作に用いられる古くからある技法ですが、現代作家で乾漆で器をつくる方は、非常に少ないようで。おひとりで試行錯誤する、そんなチャレンジ精神もすごいと思います。

    鎌田さんは、懐石料理のお店に行った際に、器のお勉強をされることが多いみたいで、蓋つきの器に料理が盛られて出てきたのを見て、自分でも蓋ものをつくろうと思われたのだとか。オーバル型のお重をつくったりもされていて、面白いですね」

    画像: 「持っていただくとわかりますが、乾漆の器ってとても軽いんです」。ひとつひとつの作品を、ていねいに説明くださる恵藤さん

    「持っていただくとわかりますが、乾漆の器ってとても軽いんです」。ひとつひとつの作品を、ていねいに説明くださる恵藤さん

    恵藤さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。

    「作家さんにご紹介いただくほかに、クラフトフェアに行って、出品されている作家さんの作品を見て選ばせていただくことも多いです。そのとき、好きだなと思う形や素材感がひとつでもあればお声がけをしてみます。

    ただ、クラフトフェアの作家さんは若い方が多く、作品がまだ未完成というか、この先、変化を遂げていくであろう段階。ですので、作家さんとお話をして、何に興味をお持ちか、制作についてどうお考えになっているかを伺って、その話を元に作品がこの先どう変わっていくか可能な限り想像を巡らせて、そのうえで考えます。そして、器を実際に使ってみて、最終的にお願いするようにしていますね」

    “器が変わっていく未来の形に、想像を膨らませる”、そんな発想にとても驚かされました。そうやって選びとられた器は、暮らしを支える頼もしい道具であるとともに、恵藤さんの美意識と共鳴する美しい器たち。何年も、何十年も、一生愛着を持って使い続けることができる器です。心がゆるりとほどける素敵な一軒家で、そんな器をどうぞ選んでみてください。

    ※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。

    <撮影/山田耕司 取材・文/諸根文奈>

    夏椿
    0467-84-8632
    11:00~17:00
    月・火休 ※祝日の場合営業、振替休日あり
    神奈川県鎌倉市佐助2-13-15
    最寄り駅:JR「鎌倉駅」から徒歩約15分
    https://natsutsubaki.com/
    https://www.instagram.com/natsutsubaki_2009/
    ◆安齋 新・厚子さんの個展を開催予定(6月25日~7月10日)
    ◆蠣﨑マコトさん(ガラス)の個展を開催予定(7月23日〜7月31日)
    ◆谷口 嘉さん(ガラス)の個展を開催予定(8月予定)



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