(『天然生活』2020年3月号掲載)
母に教わった「はんてんづくり」を次の世代に
ひと昔前の日本の家庭では、冬の寒さをしのぐために、着物に綿を入れて防寒着にしていました。袖付きのはんてん、赤ちゃんをおんぶするときに羽織るねんねこ、袖がないちゃんちゃんこ――。
「主婦は家事をするから、動きやすいちゃんちゃんこがいい。家の中ではんてんを着て、ゆっくりしているひまはないからって、大正生まれの母がいってました」
まるで子守歌でも歌うかのように、美しい声でそう話すのは、木村壽子(としこ)さん。下の写真のまんなかで、母の教えどおりにちゃんちゃんこを着て笑っている女性です。

中央の袖なし「ちゃんちゃんこ」姿が木村壽子(としこ)さん。向かって右隣の「はんてん」姿が娘の美希さん。一番右で親子がまとっているのがおんぶ用の「ねんねこ」
かつては絵本の読み聞かせをしていたこともありましたが、いまから20年ほど前、母キヨエさんにはんてんづくりを習ってから「綿入れ」の奥深さに引き込まれ、この文化を次の世代に引き継いでいきたいと、「和布工房 はんてん屋」を構えました。
当時お元気だったキヨエさんを「看板おばあちゃん」にし、アドバイスをもらいながらのスタート。3年後、娘の美希さんも大学を卒業したタイミングで加わりました。
キヨエさんが旅立たれたあとも、壽子さんと美希さんのふたりで運営を続けています。

工房で扱う布は、36cm幅の伝統的な綿織物。遠州木綿、会津木綿などの地織りを仕入れている

はんてんに使うのは、綿100%のもめん綿。打ち直しができて、お日さまに干せばふっくら。絹地のものには絹の真綿を使うこともある
茨城県・つくば駅から徒歩10分の工房には、ご近所からも県外からも、綿入れを習う生徒さんが集まってきます。
お稽古は、同じ課題を一斉に進めるのではなく、おのおのがつくりたいものを進めるスタイル。
祖母が着ていた着物をほどいてはんてんをつくりたい、おなかのわが子にちゃんちゃんこをつくりたい、ふるさとの妹がつくってくれたはんてんを自分でもつくってみたい……。習いはじめた動機に、家族への思いが垣間見られることもしばしばです。

教室で、キヨエさん直伝のつくり方を教える壽子さん。手を動かしつつ、雑談もはずむ和やかな雰囲気
取材の日、教室にいた生徒さんのなかには、数年前から通いはじめて工房を手伝うようになった若い人もいれば、20年間通いつづけているベテランの姿も。
はんてんを着たときの「包み込まれる感じ」や「体になじむところ」が、皆さんお気に入りだそうですが、「自分のはんてんが、一番気持ちいいんです」というひと言に、綿入れの魅力が表れているようでした。

左)布は大切に、はぎれはすべてとっておく。右)キヨエさんが使っていたクケ台などの裁縫道具。印つけにはへらを使う
心を込めた手仕事に宿る家族への想いが
壽子さんが、キヨエさんから綿入れの手ほどきを受けたのは46歳のとき。
子どものころから当たり前のように着ていたはんてんが、「こんなにていねいにつくられていたなんて!」と驚いたそうです。
「着ている分にはまったく気づかない工夫が、いっぱいしてあったんです。その一針一針に、母の秘められた思いを感じ取りました」

ていねいに綿を留めていく。「右手だけが脚光をあびますが、実は左手がすごく活躍しています」と壽子さん
たとえば、「しのびとじ」という綿入れには欠かせない技法があります。
はんてんの表に縫い目を出さず、内側に隠れた縫いしろを利用しながら中の綿が動かないように縫いとめていく手の込んだ作業。
「母がつくるはんてんには、背、脇、袖にしのびとじがしてあって、裾や袖口の部分には、また別の縫い方で綿が留めてありました。家族に着せたり、お洗濯したりするうちに、ここは綿が動いちゃうから留めたほうがいいかなって、増やしていったような気がします」
キヨエさんがつくるはんてんは、それは仕上がりのいいものでしたが、教室を開くにあたっては裏付けが必要。壽子さんは、キヨエさんのつくり方がどういう理屈からくるものなのか調べ尽くしました。
「いざ教材のプリントをつくろうとしたとき、母に聞いても『そう習ったから』という返事ばかりでした。もう80代でしたし、年を取ると理詰めに弱くなります。母から聞き出せないときは、自分で解決するしかありませんでした。たとえば、斜めじつけをする個所があって、どうしてここは横ではなく、斜めに縫うんだろうと思ったら、試しに横に縫ってみる。そうすると、ああ、横だとこうなるからダメなんだとわかります。試してもわからないときは、古いものをほどいて、どんなふうに縫ってあるのかを調べたり、母の時代の資料をあたったり。綿入れのことが載っているのは、戦前か戦後の婦人雑誌の付録です。そこに載っていることと、母から教わったことを照らし合わせてね」

左)上のだるまちゃんちゃんこ、肩布団は、婦人雑誌を参考に仕立てたもの。洋服文化が入ってきたころなので、丸みをおびた洋服的デザイン。下は腰布団。右)教材をまとめる際、資料にした戦前戦後の婦人雑誌
受け継がれている知恵は、たいてい理にかなっているものだと、壽子さんはいいます。
その理屈を生徒さんに解説できてこそ、技術が正しく伝わり、残っていく。
「でも、はんてんの紐を付けるとき、紐の縫い目を女物は上、男物は下にしますが、その理由が母に聞いても調べてもわかりませんでした。昔から縫い目には霊が宿るといわれていましたから、何かしらの意味があったのではないかと思っています」

綿入れの様子。均一に入れるのに熟練が必要

綿を入れ終えたら、背縫いを「トントン」と引っ張る。キヨエさんから受け継いだおまじない
綿入れのぬくもりが世代も時代も超えていく
そんな壽子さんの奮闘を横で聞きながら、「納得しないと先へ進めない人なんです」と笑う娘の美希さん。壽子さんとはまた別の目線で、綿入れの面白さを拾い上げています。
たとえば、工房で仕立てている「腰布団」は、キヨエさんがいつも身に着けていたことから、美希さんが商品化を提案したもの。
腰まわりの冷え対策に使い勝手がいいのと、上着よりはつくり方がシンプルなために単発教室の教材にもしやすく、主力アイテムになりました。
つい先日も、京都でワークショップを開いてきたところ。実は壽子さん、最近まで「そろそろ教え方を変えたほうがいいのでは」と悩んでいました。世の中の生活様式があまりにも変わりすぎて、和装の用語も理解されないことが多くなり、綿入れもこのまま伝わらないものになってしまうのかと不安に感じていたそうですが――。
「京都でお教えしたとき、綿入れを新しいものとして見てくれる人が多かったんです。これまでずっと、懐かしいものとして捉えられていると思っていたので、まっさらな人にも興味を持ってもらえたことに、希望を感じました。伝統的なものは、普遍的なものであり、人に必要なもの。それは何かといえば、心がやすらぐもの……なのかもしれないですね」
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和布工房 はんてん屋
茨城県つくば市東新井24-13 丸木ハイツ101
TEL.029-852-0774
営業時間:10:00~18:00
休み:日・月曜、祝日
https://www.hantenya.jp/

元は学生向けのアパートだったのを、数年前リノベーション。「綿入れ」教室を開催するほか、仕立てや修理にも対応
〈撮影/村林千賀子 取材・文/石川理恵〉
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです