(『よく働き、よくサボる。一流のサボリストの仕事術』より)
画家・塩谷歩波さんのサボり方
塩谷歩波さんにとってのサボりとは……
仕事を充実させるための「生活」
普通の暮らしを大事にすることもひとつのサボり
「出会いを大切にしながら、自分と向き合っていく」
どん底の気分から救ってくれた、銭湯との出会い
塩谷さんは建築図法で銭湯を描いた「銭湯図解」をきっかけに絵をお仕事にされたわけですが、それまでにいろいろな体験や出会いがあったそうですね。
はい。大学で建築を学び、設計事務所で働いていました。でも、大学時代に思うような成績が取れなかった悔しさなどから、がんばりすぎて体調を崩してしまったんです。病院の先生に3カ月休職するように言われて、「もうこの業界でやっていくのは無理かもしれない……」とだいぶ落ち込みました。
そんなときに、同じように休職していた知り合いに誘われて、銭湯に行ったんです。久しぶりの銭湯は、身も心も疲れていたこともあり、めちゃくちゃ気持ちよくて。「こんなにゆっくりできるの、久しぶりだな」ってすごく感動したんですね。そこから、いろんな銭湯に行くようになりました。
そのよさをイラストで表現しようとして、「銭湯図解」が生まれたと。
当時、友達とTwitterで交換日記のようなことをしていたんですけど、その子に自分が好きな銭湯について知ってもらおうと思って描いたのが、「銭湯図解」なんです。その絵が銭湯好きの方々の目に留まって。「いいね」をもらえたのがうれしくて、どんどん絵を描くようになったという感じですね。
建築と銭湯、共通するもの、違うもの
「銭湯図解」を描き始めたことで、実際に「小杉湯」という銭湯で働く経験もされているんですよね。
いろんな銭湯さんから図解のご依頼をいただくようになるなかで、小杉湯の3代目と親しくなったのがきっかけです。ハウスメーカーの営業をされていたこともあり、銭湯を戦略的に盛り上げようと考えているような方で。私も建築の知識を活かして、銭湯で何かできないか考えていたので、すごく仲よくなったんです。
復職したものの、やっぱり体調がついていかないという時期で、そのことを3代目に相談したら「うちで働けば?」と誘ってもらえたので、思いきって転職することにしました。「銭湯図解も描き続けたらいいじゃん」と言ってもらえたので、「番頭兼イラストレーター」と名乗って絵を描きながら、受付や掃除といった業務から、イラストつきのPOP作り、メディア取材やイベント対応といった広報業務など、いろんなことをやらせてもらいましたね。
自分で企画をすることもあって、「夏至祭」というイベントを開催したりもしました。フィンランドに行った経験があまりにも感動的だったので、フィンランドを紹介するようなイベントを小杉湯でやろうと。そうしたらすごく話が大きくなって、フィンランドの大使館が後援してくれることになって。
だいぶ大きな話になりましたね。
フェスみたいな感じでしたね。フィンランドを紹介するトークイベントをやったり、フィンランドのビールを販売したり、ヴィヒタという白樺を入れたお風呂にしたり。あとは、サウナブームのちょっと前だったのですが、空き地になっているスペースを使ってサウナマーケットもやりました。
設計事務所とは異なる分野で働いてみて、得たもの、感じたことなどはありますか?
分野は違いますけど、銭湯の仕事は建築に通じる部分も多かったと思います。建築を学んでいたとき、場所や家族構成などの設定をもとに「この家族にとって住み心地のいい家とは?」
といった課題に取り組んでいましたが、小杉湯でも「この問題を解消するために、こんなイベントをやってみたらどうか」といった頭の使い方をしていたので。
違いを感じたのは、物事の進み方や距離感ですね。建物が建つまでには何年もかかりますけど、銭湯では絵を描いたら翌日には「いいね」と言ってもらえるような早さや近さがありました。あと、建築は多くの人の手を介してひとつの建物ができ上がりますけど、絵だったら「これは私の作品です」と堂々と言えるのもうれしかったですね。
巡り巡って、生活がサボりになった?
銭湯はサボりやリフレッシュの定番ツールでもあると思いますが、塩谷さんはどのように銭湯を楽しんでいたんですか?
小杉湯で働いていたころは、週8くらいで銭湯に行っていましたね。毎日小杉湯に入るのと、小杉湯+別の銭湯で1日に2回入る日もあったので(笑)。あつ湯に入ってから水風呂に入るという交互浴がすごく好きなので、それを繰り返しながら1時間半くらいしっかり楽しむんです。
それこそコロナ前は、ランニングをしてから銭湯で汗を流して、お酒を飲んで帰るのが好きでしたね。銭湯の番頭さんに「このあたりにおいしいお店はないですか?」って聞いたりして。
サボりやリフレッシュというより、生活の一部だったんですね。今のほうが銭湯をリフレッシュとして楽しめたりするのでしょうか。
今でも銭湯は好きですけど、最近は「無理に切り替えなくてもいいんじゃないか」と思うようになってきたんですよね。独立してひとりで過ごす時間が長くなると、怒りや悲しみの感情を引きずってしまうこともあるんですけど、無理に切り替えようとすると逆にストレスが溜まる気がして。
生活をしていても、銭湯に行っても、抱えている感情や考え事を捨てずに煮詰めていく。そうすると、だんだんネガティブな感情が消えたり、問題の捉え方が変わったりするんですよ。
絵がうまく描けなくてムカムカしていたのが、「『描けない』と思うってことは、今は成長のタイミングだから、もっとうまくなるはず!」って思えるようになるとか。
大事なのは向き合うべき感情から逃げないということなんでしょうね。息抜きの必要がないということではなくて。
そうですね。息抜きになる瞬間もあるので。お茶が好きなんですけど、自分でお茶を淹れて飲んでいると、頭がフッと落ち着くとか。中国茶って、1回淹れた茶葉が7回くらい使えるんですよ。それも一度にまとめて淹れちゃったほうがラクなのに、毎回お湯を沸かして淹れていて。そういう時間は好きなんです。
以前は、息抜きすら大事にしていない時期もありました。絵を描くことを重視しすぎて、家事に時間を取られるのがイヤで、生活を外に追いやっていたんです。家のお風呂場をクローゼットにしたり、洗濯もコインランドリーで済ませたり……。設計事務所時代ほどじゃないですけど、同じように絵だけを優先してしまっていて。
最近になってようやく、生活を充実させると、意外と仕事も充実することがわかってきたんですよね。最初は「なんで私が洗濯しなきゃいけないんだろう?」ってぶつくさ言いながら家事をしていたんですけど、続けるうちにだんだん楽しくなってきて。今では必要以上に自炊したり、お風呂掃除に異常に時間をかけたりするようになりました。
仕事を中心とした一日の中に、「生活」というサボりを取り入れるようになったとか……?
そうなんですよ。家事をするようになってから体調がよくなり、朝、ランニングするようになって体力がつき、頭も冴えるようになりました。仕事の効率を上げることを追求していたら、結果的に「普通の暮らし」にたどり着いたというか。「生活」を再発見しましたね(笑)
(2022年2月取材)
本記事は『よく働き、よくサボる。一流のサボリストの仕事術』(扶桑社)からの抜粋です
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塩谷歩波(えんや・ほなみ)
画家。早稲田大学大学院(建築専攻)修了後、設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動を開始する。2016年より建築図法「アイソメトリック」と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表。2019年にシリーズをまとめた書籍『銭湯図解』が発売されたほか、TBS『情熱大陸』など、多くのメディアにも取り上げられた。現在はレストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作している。
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サボりについて考えることで、働き方も見えてくる。テレビプロデューサーの佐久間宣行さん、さらば青春の光/株式会社ザ・森東社長の森田哲矢さんほか、13人のクリエイターが語る、働き方とサボり方を考える一冊です。WEBサイト「logirl」(ロガール)にて連載中の「サボリスト〜あの人のサボり方〜」が待望の書籍化。忙しいなかでも趣味や好きなことに時間を使って上手に息抜きをしながら働く人たちを「サボリスト」と称して、彼らの言葉から自分に合ったサボリ方のヒントを探ります。
◆「logirl」では、下記回を5/7まで無料配信中です。
https://douga.tv-asahi.co.jp/program/10038-24462/38998