(『レシート探訪』より)
豚肉、鶏肉、かぼちゃにレバー。いとしの君につくるごはん
「大学生の息子は留学中だし、高校生の娘は夜遅くまで塾。帰宅後に食べるのは気になるみたいで、最近は友達と夕飯を済ませてから塾に向かっています。だから家でごはんを食べることがほとんどないんです」
天然素材や手仕事の魅力を伝えるブランド「ヨーガンレール」で23年に渡りプレスを担当する武 安輝子さんのレシートだ。
創業者、そしてデザイナーでもあったヨーガン・レール氏は、自然を敬い、共に生きる哲学をつらぬいた人である。
長年、それを間近で学び、受け継いできた彼女にとって、食は暮らしの基本。夕飯を家で食べない娘には、弁当と朝食で親心を注ぐ。
気になるのは、レシートの肉の量
それにしても、レシートにある肉の量が気になった。豚に鶏、レバーも入れて、この日は9パック。子どもたちが食べないわりにはいささか多すぎる。
「ほとんどの肉は、犬のため。ごはんは自家製なんです。鶏むね肉と豚肉の赤身に生ダラやレバーなどを合わせ、かぼちゃや大根と一緒に蒸してから、炊いたごはんをつぶして混ぜます。ブロッコリースプラウトも入れていますね。たくさん使うから、見切り品コーナーを最初にチェックしちゃいます」
一食につき240グラム、これを一日2回。ラップに包まれたごはんを、冷凍庫から取り出し見せてくれた。犬にとっては大ごちそうだろう。
おいしそうだなぁと思っていたら、それを察してか「人間がつまんでみたら、おいしくなかったです」と武さんが笑った。
栄養たっぷりのレシピは、かかりつけの獣医直伝のもの。犬の食事は手づくりに、という考えの先生に出会ったのがきっかけだ。
「ずいぶん昔、ヨーガン・レールが飼っていた犬の調子が悪かったとき、あちこち病院をハシゴし、最終的にたどり着いた病院です。正しい病名と原因がそこでやっと見つかりました。だから、わたしもいつか犬を飼うときは、絶対にこの先生に診てもらおうと決めていたんです。医療費もびっくりするくらい高額。だからではないけれど、やっぱり健康でいてほしいです。手間はかかりますが、どんな肉や魚が入っているのか直接わかる安心感があります」
ヨーガン・レール氏自身も、沖縄で米や野菜をつくりながら自給自足の暮らしを実践していたという。からだの不調や愛犬の病を経験し、より健やかに暮らす道筋として食の大切さにたどり着いたのだ。
「彼の思想を近くで見聞きしていたので、やっぱり影響を受けていると思います。でも、彼のように完璧には難しいし、すべてをそのまま家でも、というわけでもないんです。ベジタリアンも家にシェフがいれば楽しく続けられるかもしれませんが、自分でつくるとなると苦になっちゃう。お肉も食べますし、今日は疲れたからピザ! なんてことも、もちろん。食材も、全部にこだわるとエンゲル係数が上がっちゃって大変だから、近くのスーパーで揃えられる範囲です。コストコも好きだし、最近はスーパーのプライベートブランドにも、オーガニックのものが増えましたよね」
子どもがファストフードで夕飯を済ませる日もあるし、それをとがめることもない。あの店のハンバーガーがおいしかったと聞けば、どれどれと食べに行くこともある。
「一応、子どもたちには、これはこういうものだとは伝えます。たとえば気に入っているオリーブオイルなら、それがどこで、どんなふうにつくられているのか。でも、聞いているんだかどうだか。いまはそれでいいんです。20年後、30年後に自分でものを選ぶときに、思い出してくれたらうれしいですけどね」
キッチンでは武さんが、今朝焼いたバナナケーキを切り分けている。
「このバナナも見切り品。すぐ食べるものだし、ケーキには熟しているほうがおいしいんですよ」
手づくりだから豊かなのではない。原料が国産か、オーガニックかという話でもないだろう。大切なのは、自分で食べるものを「自分で選ぶ」ということ。
自分の体──彼女にとっては、愛犬チャイも含めて──を人任せにせず、責任を持つ。それは、自分の生き方を自分で決めるための、小さくも確かな一歩だと思うのだ。
武 安輝子(たけ・あきこ)
「ヨーガンレール」「ババグーリ」プレス。パリで美術史を学び、吉井画廊で研修生として働いたのち帰国、現職に就く。
本記事は『レシート探訪』藤沢あかり・著(技術評論社)からの抜粋です
<撮影/長田朋子>
藤沢あかり(ふじさわ・あかり)
編集者・ライター。大阪府堺市出身、東京都在住。雑貨や文具の商品企画、出版社でのインテリア誌編集などをへて2012年独立。雑誌やweb、書籍を中心に、住まいや子育て、仕事、生き方など幅広い記事を手がける。モットーは「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」。
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