• 心を鬼にしていろいろなこけの繁茂スポットを通り過ぎ、やっと目的地のこけの聖地、ロックガーデンにたどり着きました。白い霧が立ち込める幻想的な渓谷で出合った魅惑のこけたちとこけ歩きの魅力をご紹介します。

    こけを横目にスタスタ進む

    「山登り」という目的で山に出掛けるときは、こけに目が行きつつも、日が暮れる前に安全に目的地へ到着できるように、地図とコースタイムと腕時計を気にしながらトコトコ進みます。

    たとえるならば、何人もの知り合いとすれ違いつつ、チラリと目だけで挨拶して歩みは止めず、久しく会っていなかった友人と再会したときだけ立ち話しする、という感じでしょうか。

    さらに、単独ではなく同行者がいるような山登りとなる場合は、より早いペースでスタスタ歩くことになります。気になるお店がズラリ並んでいる中を、横目でちらちら見ながら、ひたすら素通りして進むイメージです。

    こけ好きとしてはつらいものがありますが、仕方ありません。動体視力が鍛えられているかもしれません。休憩で立ち止まったときなどは、せめて、という気持ちですかさずその場のこけを素早くチェックします。

    画像: 山登りで山に来たときは、キョロキョロしつつも、ちゃんと進んでいきます

    山登りで山に来たときは、キョロキョロしつつも、ちゃんと進んでいきます

    ですから、純粋に「こけ歩き」目的で山を訪れたときは、思う存分こけに集中です! ルーペをのぞくだけでなく、触ってみたり、匂いをかいだり、スケッチしたり。一箇所にへばりついている時間が長すぎるため、あまり距離はかせげません。

    画像: こけ歩きモードのときはがっつりこけを見ます

    こけ歩きモードのときはがっつりこけを見ます

    いよいよ聖地ロックガーデンに到着

    そのようなわけで、繰り返し訪れているのに、コース前半で時間を取られすぎて、一度も奥まで行けていない山がありました。それが、今回訪れた奥多摩の御岳山(みたけさん)です。

    この山の奥には「ロックガーデン」と呼ばれる一帯があります。巨岩が並ぶ中を遊歩道で抜けられるようになっている渓谷で、こけの見どころスポットだと聞いていました。ですからロックガーデンでこけ歩きできるまではと思って、何度も御岳山に来ていたのです。

    今回は、なんとしてもロックガーデンを歩くと心に決め、道中のこけ観察には時間をかけず(前述のたとえでいうと、目だけで挨拶ときどき立ち話ペース、の1.5倍くらいの速度)、そのことでストレスを感じつつも、我慢したかいあって、明るいうちにロックガーデンまで来ることができました。

    目的地に到着したからには、ここから先はじっくりこけ歩きモードで歩けます!

    画像: ロックガーデンの別名は「御岳岩石園」。1935年(昭和10年)に当時の東京府が、「東京緑地計画」に基づいてつくりました

    ロックガーデンの別名は「御岳岩石園」。1935年(昭和10年)に当時の東京府が、「東京緑地計画」に基づいてつくりました

    ガーデンというと庭園のような場所を想像しますが、ここは自然の中の遊歩道。道になっている点では人の手を感じるものの、岩にも木にも人工物にもこけが生えており、自然の生命力の強さに圧倒される場所でした。

    あぁ、こけをひとつひとつ見たい、でもこけだらけのこの空間も感じたい……もうどこに照準を合わせてよいのか分かりません。私がカメラだったとしたら、マクロから広角までレンズが伸びたり縮んだりで、始終ジージーとうるさかったことでしょう。

    画像: こけ壁にへばりついて至福のとき

    こけ壁にへばりついて至福のとき

    画像: 渓流沿いの道では岩という岩が苔むしており、頭上の木の葉の色とあいまって、空気までが緑色に染まって見えました

    渓流沿いの道では岩という岩が苔むしており、頭上の木の葉の色とあいまって、空気までが緑色に染まって見えました

    画像: 大きな岩の上の方まで覆い尽くすこけの葉をつたって、雨水がしたたり落ちてきます

    大きな岩の上の方まで覆い尽くすこけの葉をつたって、雨水がしたたり落ちてきます

    画像: びっしり編まれた真田紐のような…これはオオサナダゴケモドキ?

    びっしり編まれた真田紐のような…これはオオサナダゴケモドキ?

    画像: 何もかもにこけが生えています。落ちている小枝にもほら!

    何もかもにこけが生えています。落ちている小枝にもほら!

    この日は小雨が降ったりやんだりで、そこいらじゅうの草木やこけやシダ、蜘蛛の巣にキラキラと水滴がついており、息をのむほど美しい景色の連続でした。

    画像: 水滴のついたこけ

    水滴のついたこけ

    画像: コケシノブの仲間。名前にはコケと付きますが、こけではなくシダの一種です

    コケシノブの仲間。名前にはコケと付きますが、こけではなくシダの一種です

    雨や霧だからこそ見られる景色

    こけに注目しだす前の私は、山に行こうと計画していた日の天気予報が雨だと、ひどくガッカリしたものです。山に行ってから雨に降られたときは憂鬱な気持ちに、霧が出て山の上から景色が見渡せないときは残念な気持ちに。

    登山では必ずレインウェアを携行するのですが、「ザックにしまったまま着ないで済めばいいな」と思っていました。そうそう、「降られた」といういい方からして、ネガティブですね。

    でもいまは、雨や霧だからこそ見られる景色があることを知っています。こけのおかげです。もちろん、行き先や状況によっては、雨天なら行くのを諦めた方がよい場所もあります。無理して行ったら危険な場合もあります。

    でもそれならば目先を変えて、目的地を安全な場所に切り替え、目的も登山から「こけ歩き」に変えればよいと思っています。といっても、傘をさしたいぐらいのザーザー降りではおちおち立ち止まっていられないですし、あまり暗いと小さなこけを見るには光が足りないので、せいぜい小雨までが許容範囲ですが。

    画像: 霧のおかげで、ここは本当に東京かと驚く幽玄な景色に

    霧のおかげで、ここは本当に東京かと驚く幽玄な景色に

    ロックガーデンの長さは約1km、最終地点は綾広(あやひろ)の滝です。落差は10mほど、音を立てて緑の岩肌を落ちる滝は一筋の白い帯みたい。御岳山の御師集落の宿坊の中には、申し込むと滝行の案内をしてくださるところもあるそうです。

    画像: 滝の周りは空気が違います。暑い日でもここだけはヒンヤリ気持ちよさそう

    滝の周りは空気が違います。暑い日でもここだけはヒンヤリ気持ちよさそう

    画像: 滝の近くでみつけた濃い緑色の苔類。マキノゴケっぽいと思いつつ、確信はありません

    滝の近くでみつけた濃い緑色の苔類。マキノゴケっぽいと思いつつ、確信はありません

    新しい発見がある帰り道

    綾広の滝から上に抜ける道があり、そちらから平坦な道で帰ることもできます。しかしもう一度ロックガーデンをじっくり観察したかった私は、来た道を戻ることにしました。

    同じ道、同じ場所であっても、どこからどこへ向かうか、どちら側に立つかで、景色がまるで違って見えます。それに、知った道だと気持ちに余裕が生まれるのか、帰り道ではより細部に目が留まるようになっており、行きに気づかなかったこけスポットを見つけることもできました。

    画像: こけまみれの倒木

    こけまみれの倒木

    実は、ロックガーデンへの道を急ぐあまり、行きでは通り過ぎてしまったのですが、山頂集落の入り口には「御岳ビジターセンター」があります。自然に詳しいインタープリターさんがいて、御岳山の鳥や虫、動物や植物など自然についての情報発信をされています。

    窓口では気軽に質問に応じてくださり、「いまはこの花が見頃ですよ」「いまならこの鳥の鳴き声が聴こえますよ」など、季節折々の見どころも教えてもらえるので、御岳山に来たら最初に訪れることをおすすめします。

    今回は帰りがけとなりましたが、ビジターセンターに立ち寄りました。そして思いがけない収穫が。「御岳山集落で見られるコケ」というリーフレットが販売されていたのです。A4両面カラー1枚で、御岳山で見られる28種類ものこけが写真入りで紹介されています。行きに手に入れればよかった!と思う内容でした。

    紙のタイプと、ラミネート加工された下敷きタイプがあるというので、迷わず後者を購入。これならばザックに入れても折れませんし、多少の霧や小雨は気にならず、フィールドでこけを見ながら参照できます。

    ロックガーデン目当てで何度も訪れた御岳山。その待望のロックガーデンをついに歩くことができたわけですが、ロックガーデンに限らず魅力がいっぱいある山だと再認識したこけ歩きでした。これからも、飽きずに何度も御岳山を訪れるに違いありません。同じ山であっても、季節や天気が違えばまるで違って見え、訪れるたびに新たな発見があるからです。

    <文/芝生かおり 撮影/吉田智彦 >

    芝生かおり(しぼう・かおり)
    東京生まれ、横浜市在住。こけを愛する会社員。趣味の登山で山へ通ううちに北八ヶ岳の森でこけと出会い、その多様性と美しさに魅了された。ほかの小さな生き物も気になりだし、地衣類、藻類、菌類、変形菌にも注目している。

    吉田智彦(よしだ・ともひこ)
    文筆家、写真家、絵描き。自然と旅が大好物で、北米の極北を流れるマッケンジー川やユーコン川をカヤックで下り、スペインのサンティアゴ巡礼路、チベットのカイラス山、日本の熊野古道などの巡礼路を歩く。近年は、山伏修行に参加。東日本大震災後、保養キャンプに参加する福島の母子を撮影し、写真をプレゼントする活動をはじめ、福島の現状と保養キャンプの役割を伝えるため、2018年から写真展『心はいつも子どもたちといっしょ』として各地で展示している。芝生かおりの夫で、ジャゴケと地衣類偏愛者。著書『信念 東浦奈良男〜一万日連続登山への挑戦〜』(山と渓谷社)、『熊野古道巡礼』(東方出版)など。


    This article is a sponsored article by
    ''.