年老いた先を見据えて、やりたいことに挑戦
「夫の祖父母の家が近くにあった縁のある場所に、更地を見つけたんです。商店街の中だったんですが、ここで暮らしたいねという話になり、家を建てることになったのが始まりです」と話すのは、静岡県三島市にある器屋さん「chigiri(ちぎり)」の店主、西島千恵子さん。敷地には、中庭をはさんで手前に店舗、奥に自宅が建てられています。
西島さんが陶器を好きになったきっかけは、大学時代に所属した美術部。窯やろくろが自由に使え、西島さんは学生時代を通して作陶を楽しまれたそう。「でも大学を出た後は、普通に社会人として仕事をしていました。ただ、料理がすごく好きだったので、料理はよくつくっていて。そういった生活の中で、作家さんという人がいることを知って、展示会に足を運ぶようになりました」
あくまで使い手として器と関わる日々。しかし、ふいに器屋を始めることとなります。
「家を建てるというタイミングに、出産とちょっとした病気をするという、いろいろなことが重なって。そのとき思ったのは、この先20年、30年と仕事を続けていくとしたら、どうせなら好きで楽しいことをやっていきたい、そうした先に年老いた自分がいてほしいということでした」
そうして何がしたいか考えたときに、自然に頭に浮かんだのが器屋さんでした。それまで店に勤めた経験はなかったそうですが、思い切って器屋をスタート。いまでは、遠方からもお客さんが訪れる人気店となっています。
“先入観を持たずに、ひたすら試す”を実践
そんな西島さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、神戸で作陶する叶谷真一郎(かのうやしんいちろう)さんのお皿です。
「松本のクラフトフェアで器を買わせていただいたのが、叶谷さんとの最初の出会いです。叶谷さんの器は、派手で人目を引くというよりは、すごく近しくてやさしい器ですね。素朴さが料理を引き立ててくれて、とても美味しそうに見えます。
このお皿は、三島という技法でつくられているんですが、すごく端整ですね。こんなに細かく印を押すのは、叶谷さんぐらいじゃないかなっていう。
奥さまが仕事のサポートをされているんですが、奥さまはわりと男気溢れるような感じの方。逆に叶谷さんはとても細やかで、おふたりのバランスがすごく面白いんです。この綺麗な三島は、叶谷さんの性格がよく表れているように思いますね」
お次は、兵庫県で制作されているふじい製作所の作品です。
「ふじい製作所さんは、ご夫婦でやられていて、夫の健一さんが木地をつくり、奥さまの美奈子さんが漆を塗っています。トチノキでできた『白漆リム皿』は、表面に砥の粉(黄土を焼いてつくった粉)をまいた蒔地(まきじ)仕上げで、ざらっとした質感です。砥の粉によって丈夫にもなるので、漆といってもフォークなんかも使えますよ。
ふじいさんはデザインがとても美しく、『飯椀』の高台は滑らかに下にすぼまっていて、ご飯がおいしく見えるようにつくってらっしゃるんですよね。今回ご紹介はしてないですが、汁椀は高台がすっと立つような形で、『飯椀』とはデザインが違います。漆器がいまの時代の生活になじみやすいように、新しい形にされているように思います。
『コーヒーキャニスター』はすごく気密性がよく、コーヒー豆のほかに茶葉などを入れるのにも向いています。蓋をのせると、ふうーっと沈むんですね。開ける時もゆっくり抜かないと開かないぐらいの精度の高さです。
おふたりはほんかわした可愛らしいご夫婦で、とても誠実で丁寧な仕事ぶり。やり取りにもそんな姿が垣間見られ、最初に取り扱いをお願いしたときに、『細くても長くおつきあいできたら、すごくうれしいです』とおっしゃっていたのを、よく覚えています」
最後は、東京都練馬区で作陶する林健二(はやしけんじ)さんのお皿です。
「掛分け釉のお皿は毎回デザインを結構遊ばれていて、こちらは水玉というか丸なんですが、鳥やダイヤの柄などいろいろあります。鳥といっても林さんの手にかかると、イラストみたいな感じに落とし込んだ、“存在の線”とでもいうようなシンプルなもの。引き算がすごく上手で、面白いなあと思います。
それに林さんの器は、すごく使い勝手がいいんですよ。形がすごく綺麗に整っていて、無理がない器なんです。そして、それが嫌味な感じじゃないのが林さんだなと思います」
器選びの基準は、「日常使いの器で、料理が美味しそうに見えることが一番」と話す西島さん。少しでも気になった作家さんがいたら、まずは自身で購入して使ってみるのだそう。
「林さんの水玉のお皿なんかも、一見派手に見えるんですけど、料理を盛りつけてみると『おいしそうだね』っていう感じになるんですよ。実際に使ってみると、“意外と”ということがあったりします」
そのため、ご自宅の食器棚の中は、形や柄、テイストもばらばらの器が大量にしまわれ、ひっちゃかめっちゃかなのだとか。「SNSとかで、きれいに片付いている食器棚の写真を見かけたりしますが、すごいなって思います」と笑います。
器屋店主さんの食器棚というのは、器の量は多けれどぴしっと整えられたイメージだったので、意外でした。でも、そうやって身を挺して(!)見つけ出された器は、どれもこれも素敵なものばかり。先入観を捨て集められた宝物のような器に、ぜひ出合いに訪れてみてください。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/西島千恵子 取材・文/諸根文奈>
chigiri(ちぎり)
055-941-9416
11:00~17:00
日・月(または火)休 ※変更になる場合もあるので、公式HPでご確認ください
静岡県三島市中央町2-37
最寄り駅:JR東海道本線「三島駅」より徒歩14分、伊豆箱根鉄道駿豆線「三島田町駅」より徒歩4分
車:東名高速道路「沼津IC」、新東名高速道路「長泉沼津IC」
http://utuwa-chigiri.com/
https://chigiri-online.stores.jp/(ネットショップ)
◆二階堂明弘さんと沼田智也さんの二人展を開催予定(3月27日~4月4日)
◆器の金継ぎ修理も受け付けています