器は楽しい、そんな想いが息づくお店
静かな路地奥にたたずむ可愛らしい一軒家が、今回ご紹介する「うつわshizen」です。2006年に神宮前にオープンし、2014年に建物の取り壊しのため、もとのお店のすぐ近くに移転しました。
店主の刀根弥生さんが並べるのは、ベーシックなものから、五感を刺激する個性際立つものまで、バラエティに富んだ器たち。魅惑的なラインアップは、訪れる人をいつもわくわくさせてくれます。
刀根さんが、器に特別な想いを感じるようになったのは、高校生の頃。
「その頃、栗原はるみさんの初のレシピ本が出版されたのですが、本のなかの器使いがとても新鮮で魅了されました。そして母が、子どもたちがお皿を割る心配もなくなったからと、作家の器を買うようになったんです。同じ母の手料理なのに、器が違うだけで随分違って見えることに、高校生ながら驚きを感じました」
そして刀根さんが、さらに器に引き込まれるきっかけとなったのは、ある器屋で始まったお花の教室。挿花家、雨宮ゆかさんによるものでした。
「お花を生けるというと、当時はフラワーアレンジメントや生け花が主流でしたが、私も母も、そういうものは家庭の暮らしとはどこかかけ離れているように感じていて。でも、雨宮さんの教室では、その器屋にある片口や鉢などを花器に見立て、身近な草花を生けるというものでした。それで母と大喜びで、教室に通ったんです」
当時は会社勤めをしていた刀根さんですが、教室の開催場所だった器店でスタッフの募集が始まると、器の世界で働いてみたいという想いが芽生えます。そして、スタッフとなり、器屋での経験を積んでいきました。
数年働くと、店が安曇野に移転することになり、やむなく退職。でも、これからも器の仕事に関わりたいと、大好きでよく足を運んでいた器店「うつわ楓」の店主、島田さんに相談することに。すると、ちょうど姉妹店立ち上げの話が出始めた頃だったそうで、「やってみない?」と声をかけてもらえたのだとか。
そうして、島田さんに相談しながら、ほどなくして姉妹店をスタート。その後、「うつわ楓」からは独立したものの、いまでも親交を深め合っているそうです。
「使いたい器は増える一方なので、家で料理をしたら作家の器に盛り、どんな風に見えるか実験のようにやっています」という刀根さん。おいしそうな料理はさることながら、器との合わせが絶妙。そんな料理写真は、SNSのほか、オンラインショップにもたくさん公開されています。
「来店したお客さんには、“こんな料理を盛ると楽しいですよ”など直接伝えられますが、オンラインショップでは会話はできないので。料理を盛った写真があれば、少しでも気持ちのやり取りができるかなと」と話します。器の魅力や使い方の提案を綴った文章も添えられていますが、ひとり言のようで楽しい内容。ぜひご覧になってみてください。
情熱が湧きでる、つくり手の器を
そんな刀根さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、愛知県豊田市で作陶する、片瀬和宏(かたせ・かずひろ)さんの器です。
「片瀬さんは沖縄芸大で陶芸を学ばれた後、磁器の作家さんに師事されていました。そこで、鋳込み(泥状にした土を、石膏型に流し込んで成形する技法)の仕事をたくさんされたそうで、いまも鋳込みの作品を手掛けています。芸術家的な気質があり、面白いと思うもの、美しいと感じたものを形にされているというか。作品が届くと、いつもワッと驚かされます。
この『nezu輪花小鉢』は、鋳込み成形でつくられたもの。盛り付けると、花の中に沈んでいるように見えて、すごく可愛いんですよ。たとえば黒の小鉢に、金柑の甘煮を盛ると、黒とオレンジの対比がきれいで。白はなんでも合いますが、白×白で、白和えもいいですね。
『SLLリム皿』は、色の組み合わせが数種類ありましたが、この反対色の組み合わせが、“挑戦的でかっこいい”と思って選びました。一見カジュアルですが、きちんと感もあって、お浸しや和え物を、高さを出して真ん中に盛るだけで華やいで見えます。
白と黒の部分に、それぞれ違うおかずを盛っても面白いですし、切り替えの線が縦か横かでも印象が変わるので、“どっちがいいかな”と試すのも楽しいです」
お次は、栃木県益子町で制作する、KINTA (キンタ)さんのトレーです。
「KINTAさんは、元々絵を描かれる方で、18歳で絵描きとしてデビューしたそうです。木の作品のほかに、金属のオブジェや焼き物なども手掛け、さまざまな素材で表現を楽しんでいらっしゃいますね。
絵描きでいらっしゃるので、素材が木なら、木に対して絵を描いているような感覚で作品づくりをされています。たとえば、この『木のトレー』は、縁を焼いて黒くしたり、カンナで削り、削ったところを黒く染めていて。KINTAさんがその木から感じ取ったものを、木に返している、そんな風に感じます。
上の写真の『木のトレー』は、益子の陶器市で見つけ、初めて購入したKINTAさんの作品です。その時は、お店のディスプレイ用にと思って買ったのですが、器として使ってみたら、その魅力にすっかりはまって。
KINTAさんは絵を描くような感覚で制作されているといいましたが、私がトレーに食材や器を並べるときも、絵を描くような感覚があり、まるでセッションしているかのよう。嬉しいことに、KINTAさんも、そんなトレー使いを面白がってくれています」
最後は、愛知県常滑市で作陶する、畑中圭介(はたなか・けいすけ)さんの器です。
「畑中さんは、自分のフィルターを通して、織部焼を表現する作家さんです。陶芸用のパステルを使うのも特徴ですね。この『赤と黒、パステルの三つ足輪花平皿』は、そんな織部の作品。赤が華やかで、地味な色のおかずも、そのままでおいしそうに見せてくれます。
たとえば、同系色の生ハムを使った和え物も合いますし、縁が緑なので、緑野菜の和え物やサラダでも。意外と、お造りなどの正統派の料理も、引き立ててくれます。
『三つ足向付小鉢』は、盛るところがふたつにわかれていますが、三つにわかれているものもあります。お客さんで、『スナック菓子をのせます』と仰っていた方がいて、楽しそうだなと。また、二種類あるものをのせても面白くて、たとえば薬味2種とか、甘いおやつとしょっぱいおやつをそれぞれのせたり。
畑中さんの作品は、食卓に新しい風を運んでくれるような存在。その個性を楽しんでくれる方が多いのもうれしくて。手に取ったお客さんに、『どうお使いになるんですか?』と私が逆に聞いてしまうこともあります(笑)」
刀根さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「私の中で、使いたいという情熱が溢れる方にお願いしています。実際使ってみないとやはりわからないので、いいなと思ったら、まずは購入して使います。料理をのせて、“やはりいい!”と気持ちが高まれば、作家さんにアプローチします。使い勝手というよりは、料理を盛ったときに、感動や楽しさを感じるものですね。
また、できるだけいろんな方がいたほうが面白いとも思っていて、意識的に作風の違う方を選んでいます。硬い印象の器に柔らかな雰囲気のものを合わせたらよかったりとか、思いがけない組み合わせが、化学反応のようなものを生むと思っていて。そういうことを永遠に追求していきたいです」
「毎日の食事って、ルーティーンじゃないですけど、“また今日も同じことをしてる”みたいな感覚に陥りがち。でも、器というちょっとしたもので、やる気になったり、家族や周りの人を楽しい気持ちにできたらいいなと思っていて」と笑顔で話してくれた刀根さん。
そんな店主が選ぶのは、毎日の暮らしに、ささやかな喜びとときめきを与えてくれる器たち。ぜひ足を運んで、新しい作家さんとの出会いを楽しんでみてください。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/山川修一 *料理写真のみ刀根弥生 取材・文/諸根文奈>
うつわshizen
03-3746-1334
12:00~19:00
火・祝日休 ※営業日はSNSにてお知らせしています
東京都渋谷区神宮前2-21-17
最寄り駅:総武線「千駄ヶ谷駅」、副都心線「北参道駅」、都営大江戸線「国立競技場駅」
http://utsuwa-shizen.com/
https://www.instagram.com/yayoitone
◆増田勉さんの個展を開催予定(11月22日~11月27日)
◆杉本太郎さんの個展を開催予定(11月29日~12月4日)
◆杉原万理江さん(陶器)と和田純子さん(耐熱ガラス)の二人展を開催予定(12月6日~12月11日)