震災から10年、故郷の福島
10年前の3月11日、東日本大震災が発生しました。
私は故郷が福島です。高校生まで過ごして、芸人になってからは、お仕事でも行き来をさせて頂いています。
10年前のあの日は、誰にとっても忘れられない日だと思います。私は東京のマンションにいました。目の前の保育所から、子供たちの叫び声と先生たちのそれをなだめる声が響いてきたのが、忘れられません。
揺れが収まり、どうやら東北が震源ということが分かると、実家や両親の携帯に電話をかけましたが繋がりませんでした。何をどうしていいか分からず、とりあえず歩いてホリプロの事務所に向かった思い出があります。両親と連絡が取れたのはそれから2、3日後でした。
あの日は10年後など思い浮かべることすらできませんでしたが、その10年後になっていることが少し不思議な感じがします。
「どうやって元に戻すんだ…」と、絶望しか感じなかった海岸沿いが、今では、かさ上げされて、住宅が建ち並び商業施設や公園ができていたりします。10年でここまでできるすごさ。
たくさんの方々のご尽力と、願いと想いがあったからこその結果なのだと思います。
一方で、とにかく生活の基盤を立て直すために、悲しみをいったん脇に置いて進まざるを得なかった方々もたくさんいらっしゃったと思います。
悲しむ時間も取れないほど、生きるためにひたすら歩んだ方々です。
5年が経ち8年が経ち、少しずつ生活が落ち着いて来た時、あの日置いてきた悲しみが押し寄せて、人知れずその悲しみに向き合っていらっしゃる方々がいます。
月日が経つにつれて、被災者の方々の生活パターンも多岐に渡り、それと共に悩みも細分化されていき、拾い上げていく難しさがあると聞きます。
「今更こんな悩みを話すのもは、おこがましい。」と口を閉ざしてしまう方もいるそうです。
「あの人はね震災で避難してきたんだけど、物言わず一日中、駅のベンチに座っているんだよ。きっと何かが過ぎるのをあそこで待っているんだろうね。」と、駅で教えてもらったこともあります。
10年という月日が経っても癒えない悲しみがあることを、覚えておきたいと思います。それでも、今日を生きて、日々の営みを積み重ねて、ささやかな喜びを共有して、誰かの幸せを祈っている優しさを、その姿を、忘れないでいきたいと思います。
福島市はよく虹が出ることで有名な街です。どれだけ落ち込んでいても、虹が出たら仰ぎ見てしまうように、何度でも希望を描いて顔を上げていけたらいいなと思います。
東北の美味しいものをお腹いっぱい食べて力をつけて、次の一年に向かって進みたいです。
白鳥久美子(しらとり・くみこ)
1981年生まれ。福島県出身。日本大学芸術学部卒。2008年に川村エミコとたんぽぽ結成。10年、フジテレビ系『めちゃ2イケてるッ!』の公開オーディションで新レギュラーの座をつかみ一躍人気者に。コンビとしての活動に加え、テレビ、ラジオ、ドラマ、舞台など多方面で活躍中。趣味は、散歩、高圧電線観察、シルバニアファミリー。特技は、詩を書くこと。唎酒師(日本酒のソムリエ)の資格ももつ。