• 人生ど真ん中の50代。何かを手に入れたくてのぼっていた坂道はすでに折り返しています。さまざまな経験を積み重ねてきたいま、いったん人生の棚卸しをしてみると、本来の自分の姿が見えてくるかもしれません。ミュージシャンで文筆家の猫沢エミさんに、いまの自分のベースになるものは何か、お話をうかがいました。

    上の写真)パーカッショニストである猫沢さん。音楽から得たものが自身の礎を築いている

    いいことも悪いことも突然に起こる

    この5年のあいだに、両親と愛猫を続けて看取った猫沢エミさんは、「人生って、何でも起こるものなんですよね」とつぶやいた。

    苦しくて、きつくて、たまらない出来事も、その反対にうれしい出来事も、どちらも突然に起こり得るのだと。

    うれしいことでいえば、最近の猫沢さんは51歳の誕生日に上梓した料理エッセイが好評で増刷を重ねている。数字がうれしいのではなく、たくさんの人が共感してくれることがありがたく、読者の感想に自分自身が励まされている。

    だからといって、いい状態がずっと続くとか、足がかりに何かするとか、人生はそんな簡単なものじゃない。これはあくまで一過性のものだと、もうひとりの自分が客観視もしている。

    予測不能のことが起きた時、それがいいことでも悪いことでも、猫沢さんは感情に溺れないために、自分を外側から見るのだという。

    ブログやSNSに思っていることをひたすら書いて言語化しているのは、自分を俯瞰するための手段のひとつ。決して感情を抑えるためではなく、感情を出すために、出して自分を理解するために書いている。

    画像: 路上で保護した猫のイオ。猫沢家で1年半の幸せな時間を過ごし、天国へ旅立った

    路上で保護した猫のイオ。猫沢家で1年半の幸せな時間を過ごし、天国へ旅立った

    人間は、不完全なもの

    猫沢さんは、物心ついた頃から「自分を見失うこと」の怖さを感じ取ってきた。

    福島の呉服店の長女に生まれ、まもなく両親が離婚。生みの母と別れたあと、父が再婚した育ての母にたくさんの愛情を注いでもらいながら育つ。猫沢さんにとってはその人こそが本当の母であり、心から感謝している存在だが、歳の離れた弟たちと自分との違いを肌で感じることはどうしてもあった。

    当時は呉服店が繁盛していたため、大人の出入りが多く、多感な猫沢さんはいつも周囲を観察していた。

    「人間って、長く生きれば賢くなるとは限らないんだなあと、小学生の頃から冷めた目で大人を見ていました。とくに父方には、精神を病んでしまう人が多かったんです。才能をうまく使えればいいけれども、そうじゃないと生きるのが難しい。紙一重な大人たちが周りにいたので、人間は不完全なんだと。まるで当時流行っていた『プッチンプリン』みたいだと思っていました。型に入っている時はきちんとして見えても、一回あけてしまったら、すぐに崩れてしまうようなやわらかくて弱いもの。これは私にも型が必要だな、と感じていたんです」

    幸い猫沢さんは9歳の時、音楽に出会った。オーケストラの演奏を聴いて、「ヴァイオリンがやりたい」と生まれてはじめて目標を持つ。中学校では吹奏楽部に入り、リズム感を買われて打楽器を担当するように。

    「もともと私の思考のなかに、数学的なところがあるのだと思います。メロディもない修行みたいな打楽器練習に、のめり込んでいきました。最初に担当したのがトライアングルで、誰が叩いてもチーンじゃないですか。けれども顧問の先生に『よく耳を澄ましてみろ。金属楽器は叩くごとに倍音が全然違うんだ』といわれて、ほんとだ! と。同じ倍音の比率で叩くことがどれだけ難しいかを説明された時に、同世代の子が『先生、何いってるんだろう』と引くなかで、私はめちゃくちゃおもしろいと興奮したんです。打楽器はどこか哲学的で、教える先生方も変わり者が多かった。演奏するだけじゃなくて作曲や音響学など、音楽の学術的な面にもはまっていきました。音大受験にあたっては小太鼓を選んだので、体のなかに60秒の絶対リズム感を入れるための訓練をするんです。時間の概念を徹底して叩き込まれて、“二度と戻れない時を刻むことが、生きるということ”という理念を得たような気がしています」

    画像: 音大を卒業後、26歳でシンガーソングライター兼パーカッショニストとしてメジャーデビューした

    音大を卒業後、26歳でシンガーソングライター兼パーカッショニストとしてメジャーデビューした

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    *本記事は『自分に還る 50代の暮らしと仕事』(PHP研究所)からの抜粋です。

    猫沢エミ
    1970年福島生まれ。9歳からクラシック音楽に親しみ、音大卒業後、シンガーソングライターとしてメジャーデビュー。2002年に渡仏。帰国後、超実践型フランス語教室にゃんフラ主宰。近著に『ねこしき~哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』(TAC出版)があり、生活料理人としてレシピを発表している。Instagram:@necozawaemi

    撮影/原田教正
    1992年東京生まれ。武蔵野美術大学在学中より写真家に。雑誌、広告、カタログなど多方面で活躍している。写真集に『Water Memory』があるほか、十和田の森と湖をとらえた『An anticipation』を8月にリリース。表参道SPIRALにて、POP UPを開催する(2021年8月6日~12日)。https://www.kazumasaharada.com

    取材・文/石川理恵
    1970年東京生まれ。ライター・編集者。雑誌や書籍でインテリア、子育て、家庭菜園などライフスタイルにまつわる記事、インタビューを手がける。著書に『自分に還る 50代の暮らしと仕事』(PHP研究所)、『身軽に暮らす』(技術評論社)、『リトルプレスをつくる』(グラフィック社)など。http://hiyocomame.jp


    自分に還る 50代の暮らしと仕事(石川理恵・著)

    石川理恵
    『自分に還る 50代の暮らしと仕事』(PHP研究所)
    定価:1,650円

    『自分に還る 50代の暮らしと仕事』(PHP研究所)|amazon.co.jp

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    いまを大切に生きる50代の女性たち、6人を取材。30代の焦りも、40代の迷いも、ちゃんと自分に積み重なっていくものーー。さまざまな時期を経て50代になったいま、歩いてきた点と点を結びながら、「自分ができること」に向き合う姿をレポートした一冊です。登場するのは、菜木のり子(モデル・俳優)、長谷川ちえ(in-kyo店主・エッセイスト)、橋本靖代(eleven 2nd デザイナー)、尾見紀佐子(景丘の家館長・ディレクター)、猫沢エミ(ミュージシャン・文筆家)、西山千香子(『リンネル』『大人のおしゃれ手帖』編集長)。


    2021年9月24日に、猫沢エミさん・著『猫と生きる。』が、増補改訂版として、扶桑社から復刊します

    自分に還る 50代の暮らしと仕事(猫沢エミ・著)

    猫沢エミ
    『猫と生きる。』(扶桑社)
    定価:1,760円

    猫沢 エミ『猫と生きる。』(扶桑社)|amazon.co.jp

    amazon.co.jp

    ミュージシャン、文筆家の猫沢エミとパリに渡った一匹の猫の物語。8年ぶり、待望の復刊。新規の書き下ろしを80ページ加え、新たな運命の猫との出逢い・別れの物語を特別収録。



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