• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。保護した「あい」の避妊手術の日が近づきます。

    長引く猫風邪と、私のアレルギー

    「いらない命なんてない」。この言葉は、今、私が世界中の命に発信したいものです。だけど、猫エイズと白血病の「あい」を保護した時、私は、そうはとても思えませんでした。

    あいは、いつまで経っても風邪症状が治まることはなく、毎日、下痢のうんちを漏らしました。飛び散る血交じりの鼻水。食べこぼしで汚れた顔。

    潔癖症気味だった私は、アレルギーか、ストレスか、体中に真っ赤な発疹ができてしまいました。痒くて、掻くと痛くて、その傷痕は醜くて、どんどん落ち込んでいきました。

    里親希望者さんは、いつまで経っても現れる気配もない。

    あいは、病院に行くたび、ひどく怯え、ベッドの下に隠れこむ。私の生きづらさも消えない。日々は逃げられないような不安の繰り返し。

    「体の傷を治しても、心の傷が増えちゃ、意味ないじゃない……」。震えるあいに、そう思いました。

    「一緒に死んだほうがいいのかな……」

    追い詰められて、そんな言葉もついてでました。これから生きていたって、何かを生み出すこともない。ふたり揃って、「いらない命」なんだと。

    手術を乗り越えて、ふたりの距離に変化が

    ある日のことでした。あいは、避妊手術をしました。

    「猫エイズの猫は、手術の麻酔がストレスになって、発症する可能性もあります」。獣医さんはそう言いました。血の気が引きました。だけど、「するしかない」なら「するしかない」。

    私は、動物病院にあいを預け、泣きながら、定食屋でうな丼をかっこみました。負けちゃいけない。負けちゃいけない。

    夕方過ぎ、無事、手術を終えたあいが帰ってきました。きっと、またベッドの下に隠れるだろう――。そう思い、私はベッドの下までの道を開け、その横で邪魔にならないように仰向けに寝転がりました。ひょこ、ひょこ、不安げにベッドへと足を進めるあいを、目の端でとらえながら、私は目を閉じました。

    次の瞬間でした。おなかの上に、柔らかな重みを感じたのです。目を開けると、私のおなかの上には、丸くなったあいがいました。ズピーズピーと、鼻水まじりの寝息が私のあごをくすぐります。

    画像1: 手術を乗り越えて、ふたりの距離に変化が

    あいの心音が、とくん、とくん、と私の心音と混じります。

    このおなかの上に、あいがいること。

    この部屋があたたかいこと。

    ごはんがおいしいこと。

    それだけのことが、こんなにもしあわせなことだなんて。その瞬間、思ったのです。何もできなくても、命は、生きているだけで愛おしい、と。

    画像2: 手術を乗り越えて、ふたりの距離に変化が

    画像3: 手術を乗り越えて、ふたりの距離に変化が

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

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