里親募集にはじめての連絡が届いた
人を優しくするのは、もしかしたら、あたたかい記憶だけではなく、悲しい記憶なのかもしれない――。私の出会ったその人は、胸にぬぐいきれない悲しさを抱いている人でした。
猫エイズと白血病のあいの里親募集にはじめて連絡があったのは、もうすぐ夏が訪れようとしている梅雨の終わり。
避妊手術の傷も癒されて、日常を取り戻しはじめた頃でした。それまで、うんともすんとも言わなかった掲示板に、嬉しい書き込みがあったのです。
〈あいちゃんが亡くなってしまったうちの子とそっくりで驚きました。もし叶うなら、あいちゃんを我が家に迎えたいと思います〉
飛び上って喜びました。でも、次の瞬間、不安がよぎります。私は、すぐにでも話を進めたい気持ちを呑みこんで、正直に打ち明けました。
〈とても嬉しいのですが、掲示板にも書いたとおり、あいは病気を持っています。ご迷惑をかけてしまうかもしれません。それでもいいでしょうか?〉
返事はすぐに届きました。
〈うちの猫は、生まれてすぐ捨てられていました。風邪の症状が続くと思っていたら白血病でした。最後は胸水が溜まって亡くなりました。あいちゃんには、うちの子にしてあげられなかった分も、愛を注ぎたいと思っています〉
胸が詰まりました。大事な猫を失っただけでも、引き裂かれるほど辛かっただろうに、それでも、まだ他の猫に手を伸ばしてくれるなんて。私は、うちから数時間の距離のあるその人と、会う約束をしました。
ドキドキの初対面。あいの反応は……
その女性は、太陽のような人でした。最寄駅で待ち合わせをし、お互いを確認するなり、ぱあっと笑って手を振ります。
移動中の車の中、「お土産です」と一年は楽しめそうなほどの沢山のおもちゃを広げてくれました。「こんなにいっぱい?」。私が驚くと「物で釣ってみようと思って」といたずらに微笑みます。アパートに着き、女性を中に促します。
「あい、来たよー」
すると、いつもなら、嬉しそうにてけてけとお迎えをしてくれるあいが、ベッドの下に潜り込んでしまって、出てきてくれません。
「あれ? おかしいな。ごめんなさい。こないだ病院だったから、またそうだと思ったのかも」
無理に引き出そうとする私を女性は止めました。「そのままにしてあげてください。今日は、会うだけで帰ります。……なんて、本当は膝の上にのってくれるのを、ちょっと期待してたんですが」
あいを目の端に入れながら、女性とはいろんな話をしました。亡くなってしまった猫の闘病。やりきれなかったこと。今度こそ、注いであげたい愛情。
私は思いました。世の中には、しあわせだからこそ、人に手を差し伸べられる人は多い。だけど、不幸なできごとが、その人の本当の優しさを引き出してくれるんじゃないか。
私も強くなりたい。そして、優しくなりたい。あいと一緒にいられる間、もう泣かない。バトンタッチの日まで、優しく、優しく、あろう。
私に起こった、これまでの悲しいできごとを、無駄にはしたくはない、と――。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」