3匹との同居がはじまる
細い三日月が、まだ淡い夕空に浮かんでいました。私と夫は、アパートで隔離していた、猫エイズと白血病を患うあいを、キャリーバッグに、よいしょ、と入れます。
「大丈夫だからね」
見上げるあいに、私は告げます。いつもの病院の時は、不安げにしているのに、今日のあいは、不思議なほど穏やかでした。
「さあ、あい、おうちに帰ろう」
今まで半年間通った、あせた水色の鉄製のドアに、鍵をかけました。キャリーバッグを膝に乗せ、車を走らせます。月が、ずっと後ろをついてきていました。
あいを迎えるために用意した新しい家には、先住猫が2匹いました。あいからの病気の感染を防ぐため、ワクチンを接種し終えた猫たち。
ドアを開けて、あいとともに中に入ります。キャリーバッグを玄関に置くと、先住猫の顔の大きな黒猫「ビー」と目がキラキラした黒い子猫「ぴょん」は、なになに? といったふうに興味津々で中を覗き込み、あいの存在に気づいた途端、「シャー」と威嚇しました。
だけど、あいは、我関せず。扉を開けてあげると、おどおどとするビーとぴょんを見もせず、スタスタとリビングへと歩きます。そして、わが家で一番居心地の良いソファにどーんと腰を下ろし、毛づくろいを始めたのです。
それには、他の2匹もあきれ顔。ああ、そうか、そうだったんだ。あいは、ずっと前から、この日のことを知っていたんだね。
みんなの寝息を聞きながら眠る幸せ
夜になって、ベッドにみんなで横たわりました。ビーは、すぐに落ち着きましたが、まだ若く血気盛んなぴょんは、まだあいの存在を怒っています。
だけど、あいは知らん顔。当たり前のようにベッドに飛び乗り、私と夫の間に潜り込みました。
やがて、ぴょんも諦め、3匹の猫は、一定の距離感を保ちながら、寝息をたてはじめました。スピースピーという落ち着いたビーの寝息。クルル、クルル、というまだ若いぴょんの寝息。ズーズーという鼻水交じりのあいの寝息。
まるで合唱するように、部屋の中が優しい音楽で溢れました。いつまでも眠りたくない。みつめていたい。
誰ひとりとして、血のつながりもない。別々に生きてきた私たちが、ある日突然巡り合い、かけがえのないもの同士になる奇跡。私たちは、家族の一歩を踏み出しました。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」