• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。先住猫と同居を始めた「あい」。すると、咲さんの想像を超える変化が。

    同居を始めてすぐに「あい」に現れた体調の変化

    「毎日を『ごきげんさん』で過ごしたら、発症しないまま一生を終える子もいないわけじゃないんですよ」。出会ってすぐの病院でそう励まされた、猫エイズと猫白血病を抱える「あい」。

    心の病気を患う私にとっては重かったその目標が、まるで叶ったような不思議なできごとが、あいと一緒に暮らしはじめた翌日に起こりました。

    アパートで隔離飼いしていた時は、終始、出っぱなしだった、あいのくしゃみや青っぱな。それが、わが家に来て、魔法みたいにぴたりと止まったのです。

    「いま、あいはごきげんさんなの……?」。乳白色のひだまりの中で、あいはごはんをカッフカッフと頬張っていました。

    とはいえ、不安がまったくないわけではありませんでした。猫エイズも猫白血病も、他の猫に感染する病気。先住猫にワクチンを打ったとはいえ、本当に一緒に過ごさせていいのか。

    血の混じりあうほどのケンカをすると感染するという猫エイズ。もしそれほどのケンカをしてしまったとき、私は同居を決めたことを後悔するんじゃないか。日々、心はいったりきたりでした。

    画像: 同居を始めてすぐに「あい」に現れた体調の変化

    猫の安全のために、私は精神安定剤をやめた

    私は、家にいる間じゅう、猫たちのケンカを絶対に防ぐことを決意しました。そのためには、一時たりとぼうっとしていてはいけないと、それまで常用していた精神安定剤を飲むことをやめました。

    反動で不安定になる心。止まらない動悸。在宅ワークの仕事でも、ささいな修正が入っただけで、相手を怒らせてしまったのじゃないかとおびえました。お風呂に入っていても、電話のベルが鳴っているような気がして走り出たり、夜もろくに眠れなくなる始末……。

    気持ちはあるのに、体がついていかないふがいなさ。こんな状態の人間が、あいをしあわせにするなんて、考えたことがおこがましかったんじゃないか。

    悲しい過去を思い出します。実は、あいの里親探しをしていたとき、時折言われることがあったのです。「心を病んでいる人が、猫を保護するなんて無責任だ」と。あの時のショックがよみがえり、私の胸は震えます。呼吸が激しくなり、倒れ込むように横たわりました。

    その時でした。あいが、たたたと、心配そうに私のそばにやってきました。「大丈夫?」。あいの目が、そう問いかけます。

    私、大丈夫なのかな……。心許ない答えが、私の口からこぼれます。決意も覚悟も希望も、頼りなく息をひそめます。

    落ち込んでいたとき、猫たちに起きた奇跡

    次の瞬間、長男猫のビーが、走っていて、つい、あいにぶつかりました。「あ! このままじゃケンカに……!」。慌てて起き上がろうとした矢先でした。

    ビーが、ぺろりと、あいを舐めたのです。優しく、優しく。大丈夫だよ、というように――。毎日ごきげんさん。不安はすぐには消えないけれど、この子たちのように、私もきっと、穏やかになれる。信じよう。

    私の行動を責めた人より、動かずにはいられなかった、あの日の自分を。

    画像1: 落ち込んでいたとき、猫たちに起きた奇跡

    画像2: 落ち込んでいたとき、猫たちに起きた奇跡

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

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