あいがつないでくれた、黒猫の縁
猫エイズと猫白血病のあい。「あいちゃんを助けてくれてありがとう」
そんな言葉を、人から言われることがありました。ですが、あいは、助けられただけじゃない。多くの心を助けてくれたのです。
たとえば、あいと出会う前からいた長男の黒猫ビー。彼が我が家に来たきっかけは、母が実家でその子を保護したことでした。
来てすぐの時は、ひどいウィルス風邪で、病院で「食べられるものがあれば、何でも食べさせてあげてください」と余命宣告に近い言葉をうけたほど。必死の看病で、なんとか一命はとりとめましたが、猫と暮らすのがはじめてだった私も彼も、ビーとどう接していいかわからず、寂しい思いをさせました。
そんなところにやってきたのが、妹分になる、黒猫ぴょんでした。ぴょんは、なんと、あいを隔離でお世話していたアパートの前の階段で、突然出会ったのです。
雪の降りしきる寒い日でした。アパートの裏の公園は白に覆われ、ブランコがつめたそうな歯ぎしりを奏でていました。
私たちが身を震わせながら、あいの部屋を目指すと、階段のところにうずくまる小さな黒いかたまりがありました。さながらまっくろくろすけのような、貧相な黒猫。
最初、それが猫だと分からなかった私たちは通りすぎようとしたのですが、ぴょんは、文字通り「ぴょーん」と大ジャンプで彼のデニムにしがみつきました。階段の段差でいうと4段。
あまりの必死さにあっけにとられて、あいのアパートでごはんをあげると、夢中になってほおばりました。おいていくこともできず、そのまま我が家へ……。
猫も人も「ひとりじゃない」と救われる
この不思議な出会いに、ビーは大喜びでした。それまで、ひとりの時間を過ごすことが多かったビー。ぴょんが来て、ひとりじゃない猫仲間ができて、ビーの猫生に花が咲きました。
あいをお世話していなければ、ぴょんと出会うことはなかった。そしたら、ビーは、ずっとひとりぼっちだった。あいのおかげで、孤独を抱えていた、2匹の猫が救われたのです。そして、誰よりも、私自身が。
かつて、生まれ育った家に居場所をみつけられず、死にたい感覚を抱え、十六歳で家出をして生き、「このまま一生ひとりなんだ」と決めつけていた私は、あいとの出会いをきっかけに、彼と籍を入れました。猫の子どもが増えました。家族ができました。だから、思うのです。
今、自分はひとりだと絶望している人も、きっと、ある時、かけがえのない誰かと出会うはず。人じゃないかもしれない。明日じゃないかもしれない。だけど、訪れるその日まで、どうか、どうか、生きぬいて、と。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」