出版社の担当営業さんの猫のこと
ずっと文章を書いてきたけれど、気がつけば出版社には、ひとりは猫好きさんがいました。
これまでも、私が猫と暮らしていると知ったら、刊行後にお祝いで猫のお菓子を送っていただいたり、猫がきっかけで出版のご縁をいただいたり……。
10月末に出る本『生きぞこなった夜に虹 消えたい私いけない僕』の出版社の営業さんもその一人です。
出会いは、一年半ほど前。彼女の「うちも猫、飼ってるんですよー」からはじまって、いつものゆるい猫トークが繰り広げられるのかなと思っていたら、彼女の猫は、重い症状を抱えていました。
便秘。そういうと、ああそれくらいと思ってしまいがちですが、その子、ららちゃんは、年に何度か入院しなければならないほどの大変な便秘の持ち主でした。
それを知った当初、うちにも、事故に遭って膀胱と腸が麻痺した子がいて、その子もひどい便秘。出なくなると、ひたすら吐いて、見ていて胸が痛みました。
私たちは、フードのこと、対処法のこと、いろいろと情報交換をしました。
表向きは明るく、いつも元気な彼女だったので、物言いは前向きでした。ららちゃんが、やっぱりひどく吐くこと、便秘と軟便を繰り返し、家中、うんちだらけなことを嘆くこともなく、毎回、最後に言いました。
「出てくれるだけでも、嬉しいんですけどねー」
当時、私は、うちの便秘の子のおもらしうんちでノイローゼになるほどまいっていて、下痢のうんちで部屋を汚されるたび、泣きたくなっていました。
それでなくても、精神的に弱い私。「一生、この子は家中にうんちをするんだ。おしゃれな部屋を作ることも、友だちを家に呼ぶこともできないんだ」と悪いことばかり数えていたので、彼女の「出てくれるだけで嬉しい」の言葉に大切なことを教えてもらった気持ちでした。
赤ちゃんと猫との暮らし
やがて、彼女に赤ちゃんが生まれ、彼女は、うんちまみれのららちゃんと、赤ちゃんをいい意味で離すことはありませんでした。
猫も人間も同じ家族。一緒に眠らせて、平等に扱いました。
一度は、赤ちゃんが、落ちていたうんちを口に入れてしまったことも。でも、そのときも、ららちゃんの症状を責めることなく思ったそうです。
「でも、死ぬことはない! うん!」
そんな、ららちゃんですが、ちょうど昨日、また夜通し吐きつづけるという事態が勃発しました。病院では、「今度、便秘で吐いたら手術をしましょう」と言われていました。
歳をとればとるほど踏ん張る力もなくなるから、まだ若いうちにした方が、ららちゃんの負担も少ないでしょう、と。それでも、リスクはあります。
彼女は、珍しく、少し弱ったラインメッセージを送ってきました。
「術後、下痢がしばらく続いて、また子どもが食べちゃわないか、不安なことばっかりだけど……」
でも、最後に力強く言うのです。
「長い目で、ららがそれで楽になるなら!」
彼女は強い。
私のうちの便秘の子は、数か月前、亡くなりました。最後まで、その子の便秘や下痢を嘆いてばかりの私でした。それでも彼女の真似をして、私も自分に言い聞かせてました。
「出てくれるだけでいい!」
亡くなったうちの子の分も――ららちゃんには、手術を乗り越え、いっぱいしあわせになってほしいと思います。
大丈夫。ららちゃんの母は強い!
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」