猫より先に死んでしまうから飼えないと相談されて
前回書いた、便秘のららちゃん。彼女の家には、先住猫がいました。今日は、そのお話をさせてください。
もともとその猫は、飼い主さん――出版社の営業さんのお父さんの家の子。
お父さんのところには、かつて、アンジェちゃんというチンチラシルバーの貰い猫がいました。この子も、もとをただせば営業の彼女が一緒に暮らそうと思っていた子で、お父さんに預けていたら、返してもらえなくなり、お父さんの家の子に。ですが、アンジェちゃんは、七年前に老衰で亡くなりました。
同時に、お父さんも「もう生きていたくない」と言い出してしまったのです。
「また、猫、飼いたい?」
営業の女性は聞きました。お父さんは答えます。
「飼いたいけど、猫より長生きできないから、飼えない」
その時、お父さんは70歳でした。それでも、今にも死んでしまいそうなお父さんに、彼女は言いました。
「お父さんに何かあったら、私が責任もって育てるから、安心して」
そこから、新しい猫探しがはじまりました。
保護猫を希望し、何件かの保護団体をあたったのですが、65歳以上の一人暮らしはどうしてもお断りされる現実。
それでもめげずに探し続けていたら、彼女の友人が知り合いの団体さんに声をかけてくれて、「もしもの時は彼女が引き取る」ことを条件に、ご縁がつながりました。
そして、お父さんの家に来た子が、まだ生まれて間もない黒猫でした。
「名前は決めた?」
お父さんに訊きます。すると、お父さんは迷わず言いました。
「もうとっくに決まってる」
――アンジェ。
彼女は正直理解できなくて、なぜ同じ名前なのか不思議に思いました。でも、団体さんに聞くと、乗り越えなければならないよくあることなのだとか。
お父さんは、手のかかる子猫から育てるのは初めてだったため、毎日、それはそれは楽しそうでした。
彼女もお父さんの家をこまめに訪れ、人生で一番、コミュニケーションをとった時期かもしれないと振り返ります。
父が亡くなり、父の黒猫を引き取ることに
ですが、5年後、お父さんは突然他界しました。彼女は、すぐさま、アンジェちゃんのお世話に、お父さんの家に通いました。
アンジェちゃんは、誰にもなつかない猫でした。そのうえ、お父さんが家をあけることがほとんどなく一緒にいたので、ひとりになることにも慣れていませんでした。
当時、彼女はペット不可の住宅に住んでいたのですが、見かねた旦那さんが、一日でも早くペットと暮らせる家を探そうと言ってくれ、アンジェちゃんは無事迎え入れられました。
ほっと一息ついて、半年。突然、アンジェちゃんの夜鳴きがはじまりました。
おそらく、ようやく新しい場所に慣れて、本当の自分が出てきたのでしょう。
動物病院に相談すると、「お父さんがいない寂しさかもしれないから、もう一匹、飼ってあげたほうがいいかもしれません」と言われたそうです。
そこで保護団体にアンジェちゃんが怖がらないよう、子猫がいたらぜひ……と相談。残念ながら時期ではなかったため、気長に待つように言われた二日後、「保護しました。連れていきます」のメッセージが。
それから、アンジェちゃんと、ららちゃんの生活がはじまりました。
最初のうちは怖がっていたアンジェちゃんでしたが、ららちゃんが純真無垢に向かっていくので、やがて、とても仲良くなりました。
初代アンジェちゃんを亡くし、死にたいとまで思っていたお父さんを救った、アンジェちゃん。お父さんを亡くし、心をふさいでいたアンジェちゃんを救った、ららちゃん。
命は、ひとりでは生きていけないのかもしれない、そう思います。消えた大切な人は帰ってこないけど――新しい愛しい存在と、優しい未来がはじまるのです。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」