ひとり暮らしを理由に里親を断られた男性
「黙っていたら、だましているみたいなので、先にお話しさせてください」
母が保護した大人猫の里親さんを探していたとき、SNSを通じて里親に名乗りでてくださった三十代くらいの男性は言いました。
「僕は、今まで、保護団体さんに里親になりたいと応募して、二回断られたことがあります。そんな僕ですが、この子とご縁を結べたらと思っています」
聞くと、彼は半年前までハチワレの猫と暮らしてきました。ですが寿命が来て永眠。母が保護した猫もハチワレでした。
彼は、猫を亡くしてからずっと心に穴が開いたようで、似たようなハチワレの子を迎え入れたいと里親募集サイトをめぐっていましたが、素性を明かすと毎回お断りされてしまったそうです。
断られた理由はひとつ。
「男性のひとり暮らしだから」。
いまでもそうかもしれませんが、当時、男性ひとりで猫を欲しがるということが、イコール、虐待目的なのではないかという誤った不安が広がっていました。
私と母は、そんな話を聞く前に、彼の物腰の柔らかさや、猫に触れるていねいさに、すでに「この人がいいな」と思っていました。だから、打ち明けられさえしなければ、私たちは迷うことなく、その人を選んでいたことでしょう。
私たちは、失礼を承知で、彼に質問しました。
「どうして、子猫もいっぱいいる中、こんな大人猫が欲しいんですか?」
彼は答えます。
「子猫なら貰い手はつくかもしれませんが、大人猫ちゃんは難しいかもしれないと、それなら僕が迎えたいと思ったんです」
「結婚する予定はありますか?」
「付き合っている人がいるので、おそらくはその人と」
「その人が、猫との生活を反対したらどうしますか?」
「すでに、今回のことは話しています。もし僕を選んでいただけるなら、お届けに来てくださる日に、彼女も同席させていただきます」
誠実な人だなと思いました。
里親さんに届けに行った日のこと
そして私たちは、彼の家に猫を連れていく日を決めたのです。
その日は、最高の秋晴れでした。
教えられた神社の横を通り抜け、住宅街へ入ると、静かな風景が広がり、優しい風が吹いていました。
部屋に通されます。最初の話通り、穏やかそうな女性がぺこりと頭を下げ、お茶を入れてくれました。ありがたくいただきながら、私たちは彼女にも同じ質問を繰り返します。
二人の思いは一緒でした。
亡くなった先住猫も二人で看取ったこと。新しく猫を迎え入れたら、たとえ、どれだけ二人がけんかをしても、猫のために仲直りして一緒に暮らしていこうと決めていること。
思いがけないプロポーズの言葉が目の前で繰り広げられました。
私たちは、「この二人なら」と、猫を託しました。帰り際、彼女が紙袋を渡します。
「このケーキ、おいしいので、よかったら」
私たちはお礼を言って、帰路に着きました。帰りの車の中、母とケーキを分けようと紙袋を開けました。すると、そこに封筒が入っていて、中にはお金が入っていました。
慌てて、メールを出します。それを受けた男性は「この子はうちの子になります。うちの子に使ってくださった医療費は僕たちが出させてください」とお返事をくれました。
「ひとり暮らしの男性」。ただそれだけで里親に選ばれなかったことを、本当に悔やみます。こんなに猫のことを考えてくれているのに。
里親詐欺は確かに存在します。注意をするのに越したことはないのかもしれません。でも、最後は「人間」。その人がどんなネックを抱えた人であれ、信頼できるかどうか、肩書じゃなく決められたらなと思いました。
晴れ空にぽつぽつと雨が降りはじめました。
「あ、キツネの嫁入り」
母が言います。
「違うよ。猫の嫁入りだよ」と、二人でふわっと笑いました。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」