• エッセイストで空間デザイン・ディレクターの広瀬裕子さん。60歳を前に、歳を重ねるなかで出てくるさまざまな課題や考えなくてはいけないこと。たとえば住まいのこと、仕事のこと、⾝体のこと。ひとつひとつにしっかり向き合い、「心地いい」と感じる方へ舵を取る広瀬さんの毎日。そこから、60歳までにこうなりたい、という目標と取り組みを同世代や下の世代の方とシェアしていけたらと思っています。55歳のあるとき、些細な家事だと思っていたことが負担に感じた広瀬さん。

    25年ぶりに、わたしの暮らしにやってきた家電

    春──。新たにやってきたものがあります。電子レンジです。25年ぶりに電子レンジのある暮らしがはじまりました。

    30代前半。ほとんど使っていなかった電子レンジを手放しました。20代でひとり暮らしをはじめた時、当然のように買い求めたものです。でも、わたしの暮らしには電子レンジはあまり登場しませんでした。時々「あたため機能」を使うくらい。それもいつしかお鍋で「蒸す」に変わり、そんなこともあり、数年後、思い切って手放すことにしたのです。

    電子レンジがないと不便な気がしていたので、手放すときは幾分躊躇したのですが、実際は、気持ちも、場所も、すっきり。今後、家で電子レンジを使うことはないと思いました。

    それから時間が経ち、55歳すぎたあたりからでしょうか、日常のいくつかのことに少しずつ負担を感じることが増えてきました。本当にかすかなもので、静かに降る霧雨のように。冷凍していたものの解凍。あたたかくして食べたいもの。少量の加熱。そういった当たり前にしていたキッチン内での作業に負担を覚えていることに気づいたのです。

    自分のなかにある変化や違和感とともに1、2年過ごしたのち、いつしか電子レンジを再び使うことを考えはじめました。「もう電子レンジを使うことはない」と、思っていたにも関わらず。

    それもあり、どなたかに会うたび「電子レンジを使っているかいないか」を聞き、その答えにより「必要」「いや。なくてもいい」をくり返しました。そして、とうとう、東京に住まいを戻すタイミングで電子レンジを買ったのです(長かった)。

    画像: 機能、価格、デザイン。何を優先するかで検討した結果、毎日目にする物なのでバルミューダーに。オーブン機能つき

    機能、価格、デザイン。何を優先するかで検討した結果、毎日目にする物なのでバルミューダーに。オーブン機能つき

    使う使わないよりも、気持ちが楽になるという効果が

    実際、電子レンジが来てどうか、というと、3カ月は1度も使いませんでした。デザインも格段にすてきになり、機能もよくなっています。検討して購入したものです。でも、どうしてか使う気になれませんでした。

    では、買ったことを後悔したか? というとそんなことは全くなく「これでいつでもあたたかいものがいただける」と、気持ちがぐんとラクになったのです。

    遅い時間に帰宅してもストックしているものをあたためればいい。何もつくりたくない時は何か買えばいい。それだけで、心持ちは変わります。「食材を買わないと」「料理をしないと」という、知らず知らず自分に課していたことから解放されました。

    その時わかりました。「あると気持ちがラクになる」と思えるものは、わたしをずいぶん助けてくれる、と。絶対ではないけれど、ある程度、安心できるというのは、歳を重ねれば重ねるほど必要になってくるのかもしれません

    電子レンジで温めるごはんも、おいしい

    体調がわるく寝こんでしまった時などは、料理はむずかしく、かと言って食べないと体力が落ちます。誰かに気軽にお願いできないこともあります。そういう時でも「とりあえずあるものをあたためれば」は、気持ちに余裕が生まれます。電子レンジは、その物が持つ本来の機能以外の何かをわたしに渡してくれました。

    電子レンジを購入すること、使うことに躊躇があったのは、あたためも、料理も、電子レンジより蒸すほうがおいしいと感じているからです。時間はかかるけれど、湯気といっしょに広がる香りや、蒸気の音は、加熱という行為以上においしさをつれて来てくれます。

    また、そういうひと手間が暮らしには大切と思っていることもあります。でも、それより、自分が窮屈になってしまっているのも感じていました。

    「これが理想」「こちらがおいしい」をわかった上で、その時に合わせ使えばいい。60歳を前にすっと風が通りぬけた感じです。

    さて──。最近は、冷凍していたごはんのあたためは、電子レンジにまかせるようにしています。電子レンジが来て半年かかりましたが、長年の習慣が変わりました。

    今の電子レンジは、すばらしいですね。冷凍ごはんが、ふわり熱々になり驚いています。いえ。驚きを超えはじめは感動しました。加熱ムラもないのですね。

    画像: スイッチ類もシンプルでわかりやすい。あたためるものによりできあがりを知らせるギター音が変わる

    スイッチ類もシンプルでわかりやすい。あたためるものによりできあがりを知らせるギター音が変わる

    画像: ごはん茶碗は大谷哲也さんの物を愛用

    ごはん茶碗は大谷哲也さんの物を愛用

    画像: ごはんの冷凍保存は一番ちいさなサイズの保存容器で。ちょうどごはん一膳分

    ごはんの冷凍保存は一番ちいさなサイズの保存容器で。ちょうどごはん一膳分

    使っている電子レンジは、でき上がるとギター音で知らせてくれます。それもいいのです。キッチンに響くギターの音。

    歳を重ねることで、手放していくものと、新たに手にするもの。共通しているのは「気持ちや体をラクにしてくれるもの」なのかもしれません。負担になっているものを手放し、助けてくれるものを手にする。

    60歳を前に、電化製品との新しい暮らしがはじまりました。

    60歳までのメモ

    1 自分を手伝ってくれる電化製品を考える

    2 あるとラクになる場面を思いうかべる  

    3 使っている方に使い心地を聞いてみる

    4 自分の思いこみをはずす

    5 気に入ったものを探し使ってみる


    画像: 電子レンジで温めるごはんも、おいしい

    広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)

    エッセイスト、設計事務所岡昇平共同代表、other: 代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、香川を経て、2023年から再び東京在住。現在は設計事務所の共同代表としてホテルや店舗、レストランなどの空間設計のディレクションにも携わる。近著に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)他多数。インスタグラム:@yukohirose19



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