• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。ある日リスと暮らすことになる咲さん。その好物を探して……。

    猫とリスと暮らした日々

    私は、これまで猫の他にリスと暮らしたこともありました。飼い主さんが精神の病気にかかられて、生活も経済的にも困難になり、母を介して我が家に来てくれた子でした。

    まるで、生まれたての子猫のように小さな体。まんまるな目。

    少しでも広い場所がいいだろうと、最初、気をつけながら玄関で暮らさせていたのですが、そのリス──「ぽんきゅ」は、夫のスニーカーをたいそう気に入り、中身をずたずたに破いて、巣箱を作ってしまいました。スニーカーからひょこんと顔を出す姿は、とっても愛らしく、家中の靴をだめにされてもいいと思ったほど。

    ですが、やっぱり人の出入りがある玄関では危ないということで、ぽんきゅは、日中一番いることの多い仕事部屋に三階建てのケージを用意し住まわせました。

    獣医さんには、リス用のごはんだけ与えなければいけないと言われつつ、ある時、ふとぶどうを食べる私たちを興味津々で見ていたぽんきゅに、渡すと、皮ごと食べていいシャインマスカットなのに、器用に皮をむいて食べる姿が。

    きゅっきゅっ。嬉しそうな鳴き声が響きます。

    私たちはぽんきゅにめろめろでした。

    ブログにぽんきゅのことを書くと、読んだ方々が、次々、どんぐりを拾って送ってくれました。これにもぽんきゅは大喜び。あまりにせがむものだから、私たち夫婦は、初詣の神社でも、かがんでどんぐり探し。通りかかった人に、コンタクトを落としたのかと心配される始末でした。

    画像: 猫とリスと暮らした日々

    猫とリス。ケージに入ってはいましたが、お互い怖がることなく、しあわせな日々は続きました。

    リスに病気が見つかって

    ですが、ある時、ぽんきゅの体に腫瘍のようなものをみつけました。食欲もあるから、ちっとも気づかなかった──私は自分を責め、動物病院に走りました。

    残念ながら、ぽんきゅの小さな体では、治療のすべがないと告げられ──。

    獣医さんは言いました。「ぽんきゅちゃんが、嬉しいことだけをしてあげてください」と。

    それからは、ぽんきゅの好きな食べ物を、ひたすら探す毎日がはじまりました。

    どんぐりは飽きたのか、それとも大事な宝物なのか、渡すとすぐに巣箱に隠してしまうので、私たちはぶどうに照準をあてます。

    種のないもの。皮ごと食べられるもの。シャインマスカットの時期が過ぎ、聞いたこともないような種無しの皮ごと食べられるぶどうを見かけたら、それをぽんきゅに。

    そのぶどうは、シャインマスカットより小ぶりで、柔らかくて、ぽんきゅも気に入ったようでした。

    食後にフルーツなんて食べるセレブな家ではなかったから、本当は毎日の出費は痛手でした。でもぽんきゅのていねいに皮をむき、しあわせそうに頬張る姿を見ていたら、その日の食事がお肉抜きでもちっとも気になりません。

    画像1: リスに病気が見つかって

    母も、スーパーでぶどうを見つけるたび、ぽんきゅに、とプレゼントしてくれました。

    ふと、こんなことを思い出したのは、今、小川洋子さんの『完璧な病室』という本を読んでいるからです。そこでも余命わずかな弟がぶどうしか食べられなくなり、お姉さんはあちこちでぶどうを探します。地下鉄に乗って。忙しくても。

    私たちも、どれだけ高価でも、遠くでも、できることがあるということが慰めでした。

    最期へ向けての時間は、見守る私たちへの動物からの贈り物。一緒に生きられる宝物時間でした。

    ぽんきゅは、眠る前日までぶどうを食べ、やがて、その日、うつらうつらと眠そうにしました。猫も分かるのでしょう。寝転がる夫の胸元にのせたぽんきゅに、いたずらをすることもなく見守ります。

    ぽんきゅは、うたた寝をするように、息を引き取りました。

    ペット霊園では小さすぎて焼けなかったため、亡骸は庭に植えました。その上にはぶどうの木。ぽんきゅの木が、リビングで日を浴びて今日も揺れ、時々、鳥がきゅっきゅと鳴きます。


    画像2: リスに病気が見つかって

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

    ブログ「ちいさなチカラ」



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