• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。20年一緒に暮らした猫がごはんを食べなくなり、別れが近く時、咲さんはうつになってしまいました。

    食べなくなり紙のように軽い体に

    今、私は、ひとつの命の生き終わりを見守っています。

    二十年前の十二月二十五日に拾った猫「ぴょん」。もうすっかりおばあちゃんです。

    太かった体は痩せていき、腎臓を悪くし、それでも、ウェットフードの時間には若い猫顔負けの大きな声で、「アアアアアーン」とフードをおねだりしました。

    食が減ったなと思ったのは、数日前。それからは坂道を転がり落ちるようでした。

    点滴をしたくても、貧血がおこっていてできない。ぴょんは、ついにごはんも食べなくなってしまいました。

    横たわる姿勢から、少しだけ起き上がろうとすると、私は抱きあげてトイレまで連れて行きます。その瞬間手に伝わる、紙っぺらのような軽い体。

    トイレじゃなければ、ごはんスペースに。ぬるま湯をはった水に。どれも違います。

    そして、子猫たちが、どたばた走るリビングの真ん中までよたよたと歩いてきて、いつものように鼻水混じりの寝息をたてるのです。

    食べ物も水も飲まなくなった今、あとどれだけ生きてくれるのか分かりません。

    このエッセイが載った時、彼女がこの世にいるのかも。でも、だからこそ、とどめておこうと思いました。

    画像: 食べなくなり紙のように軽い体に

    20年前の雪の日に出会った野良猫

    ぴょんは、前の家を知っている唯一の猫です。雪の日、まだ手のひらサイズの野良猫だったぴょんは、夫の膝まで、ぴょーんっとジャンプで上ってきました。

    部屋に入れカリカリをあげると、わき目も振らず食べました。

    それから先住猫に猫かわいがりにされて、みるみるうちに女王様に。自分の要求が通らないと、それはそれは大きな声を出して怒りました。

    それは時としてむかっとして……。言い聞かせたこともありました。無視をしたこともありました。それでも、ぴょんはめげませんでした。

    今、ほとんどたよりない息の音だけになったぴょんに、「もっと生きてほしい」とは願えません。ただ穏やかに。心地よく。

    誕生日、本当はちゅーるで「祝・二十年」って書きたかったけど、女王様なぴょんは、毎日が記念日でした。それでいいのかな、と。

    夜中の三時半。今、私の隣りにはぴょんがいます。落ち着かなさそうに、姿勢を変え……。

    画像1: 20年前の雪の日に出会った野良猫

    「大丈夫だよ」私は言い聞かせます。

    「大好きだよ。だから、大丈夫」できるだけ、柔らかい声で。

    ぴょんが体調を崩してから、私はものが食べられなくなりました。体を起こすのもやっとというほど。きっと、またうつ状態がきてしまったのでしょう。

    力を入れても開けることができないエネルギーゼリーを歯がゆく思いつつ、同じかそれ以上に力をなくした、ぴょんにただ寄り添います。

    来年は望まない。

    あと一分。

    あと一秒。

    愛しぬこう、と。

    画像2: 20年前の雪の日に出会った野良猫

    咲セリ(さき・せり)

    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

    ブログ「ちいさなチカラ」



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