保護した猫が、脱走した!
あの日の雷を、私は、一生忘れることはないでしょう。
瀕死の重体で保護し、しばらく動物病院で入院生活を送っていた猫「モシャ」。彼女が、ようやく一般の生活ができるようになり、我が家にやってきたある日のことです。
もともとは野良猫だったため、馴染んでくれるか心配しましたが、つらい思いをしたのが原因か、すぐに家の中でくつろぐ日々。
ああ、これでもう、何も不安に思うことはない。
一生、家族としてやっていこう。
そう思った矢先、もしゃに発情期がやってきたのです。
避妊手術をするにも、まだ体調は本調子ではない状態。少し待ちましょうということでだましだましやっていたさなか、もしゃの恋をしたい心が爆発してしまいました。
我が家の窓は、一般的な大きな窓とは違い、細長い、人間が顔を出すのもやっとという飾り窓。基本的には開けず、あまりに暑い日に、少しだけ隙間を開ける程度だったのですが……。
やられました。
もしゃが、そこから飛び出してしまったのです。
「もしゃがいない!」
気づいたときには、隙間の空いた窓が。
待っていたかのように空がまっくらに曇りはじめました。遠くで聞こえていた雷が、どんどん近づいてきます。
それは、今まで生きてきた中で、比べようもないほど大きな稲光でした。
やがて、豪雨。
気が変になりそうでした。それでなくても病み上がりの身。体に何かあったらどうしよう。怖くて震えていたらどうしよう。
豪雨の中、すぐに猫の捜索を始める
私たちは雨が止むのも待たず、モシャ捜索をはじめました。
まずは捕獲器を持っている知人に連絡し、その方が帰ってくる夜に借りに行く約束をしました。同時に警察と愛護センターに連絡を。万が一、似た猫が保護された場合は、すぐに一報いただけるように手配しました。
そして、ポスター作り。モシャの全身が分かる写真を使い、特に「特徴」となる、「顔が歪んで出たキバ」「しっぽの先が白いところ」を丸抜きで載せました。
雨の中、近所のお家に配ります。
いつもは仲の良いご近所さんでも、「なんや、猫? おっとろしい」と怖がりながらも、「見たら言うわ」と受け取ってくれた人。逆に話したこともなかったけれど、「うちも猫がいるんです。出入り自由にしてるから、一緒にいたら連絡しますね」と優しく受け入れてくれる人、さまざまでした。
そうこうしているうちに、竹林の中、目に映るもしゃの姿。
「いる!」
見つけたけれど、近づけない。捕獲器を仕掛けることに
そう遠くまで行っていなかったことに胸をなでおろしますが、私が近づくと逃げてしまいます。発情期のモシャは、まだ家に閉じ込められるより、自由に外にいたかったのでしょう。
しかたなく、借りてきた捕獲器を家の裏にしかけました。
まんじりともしない気持ちで猫が入るのを待ちます。夜セットして、朝、見に行くと……入っている!! でも別の猫ちゃんでした。
見た目の特徴から、おそらく出入り自由のおうちの猫ちゃんでしょう。すぐにその方に連絡し、お詫びをしました。
翌日。また捕獲器に影が! でも、また、その家の猫ちゃん。
「なんでえ?」と泣きそうになっていた3日目、ようやくモシャが入ってくれました。
特に悪いことをしたそぶりもなくふんぞりかえるモシャを、泣きながら抱きかかえ、家に連れ帰りました。お風呂に入れ、もう一度、ノミダニ駆除の薬をつけ……。
それからは、我が家の窓は二度と開いたことはありません。
電気代はかかるけど、暑ければエアコン。もうあんな悲しい思いは沢山です。
気候の良くなる季節。今年も気をつけて、猫たちを守りたいと思います。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」