(『天然生活』2021年9月号掲載)
バリの息吹が感じられる、自由な空間
バリ島の工房で25年間創作に没頭し、キルトアートの世界で活躍を続けてきた秦泉寺由子さん。
比叡山中腹に建つこの「キッチンハウス」は、多忙を極め体調をくずすなか、60歳で食に向き合うべく構想した、いわば第2の工房です。
「食べることの大切さに改めて気づき、クリエイションがひと段落したら料理を勉強する場所をつくろうと思ったんです。こんな性格なので、やり始めたらお客さまにおもてなしもしてみたくなって」
現在は休止していますが、かつてはここをカフェにしていた時期もあり、秦泉寺さんが料理をふるまう食事会なども開いていました。
建築資材や棚の配置など、設計段階から自身のアイデアをとことん反映させていったという「キッチンハウス」。その名のとおり、建物の中心は台所です。
コンロの土台に組まれた大谷石、床と天井をつなぐ天然木、ガラス越しに届く外の光と草木のゆらめき。
床は清浄な気配が漂う土間ですが、視線を上げると一転、どこに立っても自然の息吹やぬくもりが感じられ、バリのリゾートを思わせます。
「窓枠だけは現代のテクノロジーを入れましたが、工業的で味気ないのはやっぱり嫌。だから自然界の美しい枝を添えているんです」
アルミサッシをカバーしているのは、高知県で蒐集家から手に入れたという古いドウダンツツジの枝。展示会で家具に用いたものを再利用しているそうです。
みずからの心の声に忠実に、自由な発想で空間をつくりあげている秦泉寺さん。その手法は、どうやら“見える収納”にも通じるようです。
〈撮影/伊藤 信 取材・文/山形恭子 イラスト/ホリベクミコ〉
秦泉寺由子(じんぜんじ・よしこ)
大学卒業後、北米で12年間過ごす。キルトに魅せられ、バリ島で工房「グラスハウス」を設立、染料探求や作品制作に打ち込む。2010年、滋賀県比叡平に「キッチンハウス」を建てる。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです