• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。「りんご猫」と呼ばれる猫について。

    猫のエイズ=死?

    「猫エイズ」という言葉を一度は耳にしたことがあるかもしれません。

    そう、人間の「エイズ」のように、猫にも「エイズ」というものが存在するのです。

    エイズと聞くと、つい怖い印象を抱いてしまうのではないでしょうか? 

    私が初めて猫エイズの猫と出会ったのは20年前。まだ、人間のエイズが社会現象化され、ドラマなどで「死」という悲しい結末を迎える物語が一般的だった時代です。

    繁華街で偶然保護したぼろぼろの猫「あい」。その子が、血液検査で猫エイズキャリアだと分かった時、私は震えが止まりませんでした。その瞬間、「すぐに死んでしまう子」としか見られなかったのです。

    あちこちの動物病院や、保護団体さんにも相談しました。何とか治せないのか。どうすれば猫エイズは消えるのか。

    だけど、誰もが重苦しい表情をします。

    「猫エイズは治療法のない病気です。いっそ安楽死させるのも一つの方法かもしれません」

    私は、涙が止まりませんでした。専門家にも「死」を望まれる病。素人の私、それも心の病気を抱える非力な私が助けることなんてできないのだと。

    ですが、あいは予想を裏切り、楽しそうに生きました。

    ただ闇雲に怖がる前に

    よくよく調べていくと、一言で「猫エイズ」といっても、「ウィルスに感染していること」と「発症したこと」は違い、感染しているだけなら、発症せずに生きることができるのだと、私は病院でも保護団体でもなく、猫エイズの猫と暮らす一般の方のブログやSNSから学んだのです。

    あいは、普通の猫と変わりのない穏やかな日々を過ごし、最後まで発症することなく生涯を終えました。

    いまエイズキャリアの猫と暮らしています

    そして、今、我が家にはもう一匹「猫エイズキャリア」の猫がいます。

    彼、「でかお」がうちに来たのは、2016年。気づけばもう8年の月日が経ちました。

    外で生きていたでかおは、現在推定14歳。立派なシニアです。でも、びっくりするくらいのんきで、優しくて、頭の先からしっぽの先まで、病気の「び」の字も見えないくらい健康です。

    画像1: いまエイズキャリアの猫と暮らしています
    画像2: いまエイズキャリアの猫と暮らしています

    今、猫エイズキャリアの猫は「りんご猫」と呼ぶそうです。

    これは、人間のエイズ撲滅運動が「RED」で知られており、この「レッドリボン運動」の赤い色を由来に、また、猫の丸くてかわいい姿のイメージから『ネコリパブリック』さんが命名したのだとか。

    かつては、安楽死すら示唆された猫エイズキャリアですが、今では、それを告白すると「ああ、りんご猫ちゃんなんですね」と愛らしい表現で受け入れられるようになりました。

    とはいえ、このりんご猫。里親さんを探す際には、まだまだハンデになります。それは私たちが持つ「過去のエイズ」の怖い印象が今も根深く残っているせいでしょう。

    りんご猫に不安を抱く理由はこんな感じです。

    ・持病があるからお別れが近いのでは?

    ・特別なケアをしなければならないのでは?

    ・人間や他の猫にうつってしまうのでは?

    しかし、りんご猫と暮らしている私は、そのどの不安も全部杞憂だったと胸を張って言えます。

    ・お別れが近い?→でかおはもう14歳。ふっくら太り、ごきげんさんで、まだまだ元気です。

    ・特別なケアが必要?→他の子と違うケアはなんにもしていません。病院も定期検診以外行きません。

    ・他の猫にうつる?→人間にも、9匹いる他の猫にも、まったくうつりません。

    画像3: いまエイズキャリアの猫と暮らしています

    普段はエイズキャリアだなんて忘れてしまうほど、でかおの日々は安定していて、とってもとってもかわいいだけの「ふつうの猫」です。

    正しい知識さえあれば、何も怖くない。それが広がれば、貰い手があらわれずシェルターの中で一生を終える子にも、しあわせな家族ができると私は思っています。

    知らない病気の猫と出会った時、私たちは不安になります。それは、なぜなら「猫としあわせに生きたいから」。

    「安楽死」を勧められたあの日から20年。私の考えは180度変わりました。

    猫エイズは怖くない。

    小さな心配があるからこそ、その子との一瞬一瞬を大切にできる。

    「エイズなのにね」とびっくりするくらいかけがえのない喜びを、想像よりずっと長く、いつまでも一緒に過ごせるのです。


    画像4: いまエイズキャリアの猫と暮らしています

    咲セリ(さき・せり)
    1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。

    ブログ「ちいさなチカラ」



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