(『天然生活』2020年1月号掲載)
働く人々の一服に、ジャムとお菓子を
冬ならばまだ暗闇の4時15分。食材のプロフェッショナルたちが出荷作業にかかり、フォークリフトが動き回る川崎市中央卸売市場北部市場で、「調理室池田」店主、池田宏実さんも動き出します。
池田さんがこの場内に店を開いたのは、1年前のこと。物件に出合い、「市場という場自体、食のために動いている装置であり、食に向かう人だけが集まる場。食で表現をするのに、ここ以上に面白い環境はないでしょう! と」
朝営業という市場特有の条件の下、何ができるか。とりわけ考慮したのは、ここで働く人たちに、座って食事をする時間がないという実情でした。
サンドイッチと焼き菓子を中心に据えたのは、イートインもテイクアウトも可能で、手軽に食べてもらえるものだから。
身上は、食のプロの集うこの場だからこその「あえての家庭らしさ」だと、池田さんは語ります。
「ここで表現したいのは、モーニングだからって華やかなパンケーキプレートを出すようなこととは逆のこと。加工品を極力仕入れず、ジャムやマヨネーズなど素材から手づくりする、そんな日常の贅沢さなんです」
市場で働く女性のなかには、お菓子を買って帰る人が多いそう。
「市場って、基本的にどこも寒いんですよ。皆さんダウンを着込み、冷える冷えるといいながら働いている。せめて給湯室でお茶を淹れて、甘いものと一緒に召し上がっているのではないかな、と」
2層のスポンジの間にジャムをはさんだヴィクトリアケーキ、スコーンなど人気のお菓子に欠かせないのが、自家製のジャム。
出盛りの果物を用いたジャムの仕込みは、年間を通して大事な作業のひとつです。
池田さんのレシピは、複数の果物のミックス、味の奥行きをつくり出す洋酒使い、そして果実の50〜60%というしっかりめの砂糖の分量などに特徴があります。
「日本では砂糖を控えたジャムがよいとされがちですが、ジャムのとろみは、果実の酸とペクチン、砂糖のバランスがとれて初めて、引き出せるんです。果物にもよりますが、なかなかとろみがつかないときは、砂糖が足りていないことが多いですね。そして、果物の風味を損なわないようにできるだけ短時間で煮ることも重要です」
十分に甘味がありつつ、凝縮された果実味が口に、鼻に広がる池田さんのジャムは、重たさを感じさせず、つい、あとひとさじ欲しくなるおいしさ。
早朝から働きづめの人々の体には、一服のいやしとなっていることでしょう。
<撮影/森本菜穂子 取材・文/保田さえ子>
調理室池田 店主・池田宏実
住所:神奈川県川崎市宮前区水沢1-1-1 中央卸売北部市場関連商品売店棟45
営業時間:7:00~13:00
定休日:水・日・祝日
http://ikepro.petit.cc/muscat1c/
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです