• 『天然生活』が注目する方々のもとを訪ね、お話を伺う人気シリーズ「会うこと、聞くこと」。今回は、30年以上、古紙を使った無漂白のトイレットペーパーをつくりつづける「社会福祉法人 共働学舎」の創業者、田中公明さんにお会いしました。
    (『天然生活』2019年3月号掲載)

    質問:ひとつのトイレットペーパーができるまでのことを教えてください

    漂白剤を使わないから体にも環境にもやさしい

    「おーい、ユウイチロウ、あんまり乱暴に投げるなよ」

    「エイジ、ここに置いてあるのは何かな?」

    作業場に、おおらかな雰囲気の声が響きます。ここは、東京・町田市にある共働学舎。身体、知的、および精神の障がいをもつ人々のための授産施設です。声の主は、創業者である田中公明さん。作業中の障がい者や職員に、明るく声をかけています。

    ここで30年以上もつくりつづけているのが、古紙を使ったトイレットペーパーです。大きな機械が音を立てる横には、出荷前のトイレットペーパーを検品する人の姿がありました。

    画像: 完成し、箱詰めされて出荷を待つトイレットペーパー

    完成し、箱詰めされて出荷を待つトイレットペーパー

    ほんのりとグレーがかった、柔らかなトイレットペーパー。原料となるのは、共働学舎の人々が自治体や国会などで回収してきたり、近所の人が共働学舎に持ち込んだりする雑誌(雑古紙)です。

    雑誌は、新聞紙や段ボールと異なり、再生ルートがなく、通常は焼却炉で処分するしかありません。共働学舎のトイレットペーパーは、それを使っているのが特徴です。

    画像: 古紙の回収箱。手前がトイレットペーパーになる雑古紙、奥が新聞紙

    古紙の回収箱。手前がトイレットペーパーになる雑古紙、奥が新聞紙

    回収した雑誌は、プレス機で1トンずつの固まりにし、静岡・富士市にある製紙メーカーに運びます。釜で煮て繊維をほぐし、インクを抜き取ってつくり直した巨大なロール紙が、共働学舎に戻ってきます。

    それを専用の機械で一個ずつの商品にして、出荷する。これが、トイレットペーパーができるまでの流れです。

    ロール紙にする際、漂白剤などの薬品を一切使わないので、体にも環境にもやさしいのが魅力。また、古紙を使うことは、森林保護にもつながります。

    「でも、配送料の値上げや、『トイレットペーパーは真っ白なのがいい』っていう声も多くて、売れ行きは減っています。うちにある機械では一日に8万個生産できるけど、実際に売れているのは一日3,500個。昔は国会でも使われていたけれど、管理会社の一括管理になって以来、とりやめになった。なんとかして、出荷を増やしたいと思っているんだけどね」

    画像: 規格外のトイレットペーパー。再度、リサイクルするか、ティッシュとして使うことも

    規格外のトイレットペーパー。再度、リサイクルするか、ティッシュとして使うことも

    トイレットペーパー製造のほかにも、新聞紙やペットボトルなどの廃品回収、再生紙を利用したハガキづくり、廃油石けんづくりなど、共働学舎の事業は多岐にわたります。

    どれもが、通ってくる障がい者自身の「やりたい」の声から始まった仕事。多くがリサイクルを基盤にしたものです。この背景には、明確な意思がありました。

    「設立時の利用者に車椅子の人間がいて、彼がこういったんです。『自分たちは世の中の役に立たない人間だといわれている。そんな自分たちが役に立たないものを役立つようにするのは、自分たちにとって天職だ。それを、自分たちがこの事業をやめたら世の中が困るくらいの規模でやるんだ』と」

    施設の主人公は、障がい者ひとりひとり

    大規模福祉施設の画一的な運営に疑問を感じた田中さんが共働学舎を開設したのは、1980年。いまでは、グループホームを含め、11の施設が町田市内にあります。

    「最初は地域の人たちの反対が強くて、その対応が大変でした。皆、自分と違う人を認めたくないし、既存の秩序が変化するのが怖いんだよね。でも、近所の人の草刈りを手伝ったり、うちの竹やぶで竹の子掘りをしてもらったり。そんなことをしているうちに、少しずつ町内会でも賛成する人が増えてきたんです」

    施設で仕事をするのは、障がいの種類や度合いがさまざまな人々。それぞれが、その日にやりたい作業をするのが基本です。取材をした日も、広々とした空間で、障がい者と職員が自然に交じり合い、マイペースに作業をしていました。

    画像: 広々とした空間で、おのおのが選んだ作業を行う

    広々とした空間で、おのおのが選んだ作業を行う

    「僕を『常務理事』と呼ぶ人はいないよ。『おーい』とか、『コーメイ』とかだね」と笑う田中さん。

    「職員たちには『障がい者全員と平等につきあえ』とは絶対にいいません。人間なんだもの、“みんな仲よく” なんて無理。それよりも一対一の関係を大切にしてほしい、といっています」

    つくった商品の売り上げはすべて障がい者に給与として支払われるほか、年に数度、行う旅行の費用として使われます。しかも、職員が行き先を決めるのではなく、障がい者自身が、それぞれ行きたいところに行くのがルール。

    「だから旅の最小人数は、障がい者ひとりと、随行する職員ひとりの計2名。去年はスイスやニュージーランドに行った人もいました」

    共働学舎の主人公は、障がい者ひとりひとり。彼らが自分のことを自分自身で決めることが、大切にされているのです。

    職員と障がい者は、“保護する” “保護される” という関係であってはならない。田中さんが、話をするなかできっぱりといった言葉が印象的でした。

    「ここでの関係は、“友達”。僕も彼らから教えられることは多い。でも、“障がい者から” という意味じゃない。“ユウイチロウから”、“ユウジから”。ひとりひとりの人間から、教えてもらうんです」


    <撮影/吉森慎之介 取材・文/嶌 陽子>

    田中公明(たなか・きみあき)
    1980年、「小規模な福祉施設をつくりたい」との思いから、仲間たちと東京・町田市に「社会福祉法人 共働学舎」を創立する。現在は常務理事として運営に携わるほか、日々、施設にある畑の世話や竹やぶの整理などをする。また、大学で社会福祉概論を教えている。
    トイレットペーパーの注文・問い合わせ先:TEL.042-737-7676

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです


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