グルテンを破壊することで、とろける食感に
「しっとりもっちり」を遥かに超えたとろける食感のパンと、美術品のようにパンをディスプレイするスタイルで話題を呼んだ、和歌山の「3ft(サンエフティ)」は、パン職人、中村隆志さんのお店。その「3ft」が「中村食糧」と名前を変えて、今年の9月に東京の清澄白河に移転したのは、驚きのニュースでした。
清澄白河は下町ながらも、最近ではサードウェーブコーヒーの発信地として注目を集め、本格派のコーヒーショップが数多ある街。そんな注目度の高さに惹かれたのかと思ったら、「東京でお店をやるなら下町でと思っていたんですが、清澄白河という駅名がいいなと思って」という素朴な答えがかえってきました。
和歌山の「3ft」は信頼のおけるほかの方に任せ(現在「3ft」は、週末だけ営業するベーグル屋さんになっています)、東京に移ったのは、「東京で自分のパンがどれくらい通用するか試したかったのと、もっとたくさんの人に食べてほしくて」との想いから。人気店を手放すのも、住み慣れた場所を離れるのも、「あまり深く考えないほうなので」と、ためらいはまったくなかったご様子。
そんな隆志さんのパンは、「これがパンなの!?」と誰しも驚くような、口に入れるとスーッと溶ける独特の食感。小麦はすべて国産というものの、国産小麦のパンの特徴の“もっちり”を超えていて、とろけるという表現が実にピタリときます。高加水(水を多く加えること)なのかと尋ねたら、
「水をたくさん入れるといっても、加えられる水分量には限界があります。それに僕は限界の数値まで入れているわけではなく、小麦が欲しいだけ、生地に触れられるまでを見極めて、水を入れてあげている。あとは、天然酵母の力を借りて生地を酸性にし、グルテンを溶かすことでこういう食感にしていますね」
「天然酵母の力でグルテンを壊す」という新発想。そんな生地のとろけ具合がよくわかるのが、看板商品の「たわわ」です。具材がぎっしり詰まった姿から、具材の味がガツンとくるのを想像していたら、まったくそうではありません。生地の粉の風味がとても強いため、具材の味がまろやかに感じられ、ちょうどいいバランスに。
具材の掛け合いも絶妙で、レーズンとイチジクの甘さに、オレンジピールの苦味、クルミの香ばしさと食感が加わり、食べ始めるととまらなくなるおいしさです。
ひとつのパンに、レーズン種、麹でつくる酒種、ヨーグルト種、ルヴァン種、ビガーの5種類の自家製酵母のなかから、いくつか組み合わせて使うのが隆志さん流。ビガーというのは、パート・フェルメンテの一種で、独自の方法でつくったものだそう。酵母を掛け合わせることで、奥深い味わいや生地のバリエーションを生んでいます。
唯一無二ともいえる「中村食糧」のパン。あたかも計算し尽くし、斬新なパンをと意気込んでつくったのかと思ったら、そんなつもりは毛頭なかったようで、「自然にできたパンです」とあっさりとした答えが。
店名にも深い意味はなく、東京でパンや食品を売る食料品店ができたらと考えていた名残だそう。その発想はどこまでも自由で身軽。そんな気負わない姿勢が、パンの枠組みをいとも簡単に広げてくれたようです。
<撮影/山川修一 取材・文/諸根文奈>
中村食糧(なかむらしょくりょう)
電話番号(非公開)
10:30〜15:30 ※並ぶのは10時からとなっています
火・水休み
東京都江東区清澄3-4-20 FRAME102
最寄り駅:東京メトロ半蔵門線、都営大江戸線「清澄白河」
https://www.instagram.com/3ft.official/?hl=ja
https://nacamera.net/(通販サイト)
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