才能ある若手と、使い手の架け橋に
目黒区碑文谷の地でお店を開いたのが、いまから24年前。以来、長きに渡って、器好きから信頼される器屋さん「宙(そら)」。和の情緒に洗練された雰囲気も併せ持つ店内には、どっしりとした土物から美しい絵付け、ガラス、木工、漆など多彩な器が並びます。
店主は、器屋さんの店長を経て、お店を持ったという吉田美穂子さん。器に興味を抱いたきっかけをたずねると、「あるとき雑誌で、陶芸家の方が自分でつくった器に、おいしそうな料理を盛っていらっしゃる写真を見て、器に惹かれるようになりました」と話します。
「私が器に興味を持った当時は、まだまだ器屋さんが少なくて。何軒か回ってみたものの、作家ものの扱いが少ないうえに、雑誌に載っているような大御所の方のものばかりで、日常使いというより作家性が高いものという印象でした。なので、益子や笠間など焼き物の産地に行けば、全国的にまだ名前は知られていないけれどもいいものをつくっている若手の方がいるんじゃないか、そういう方を東京で紹介したいと思ったんです」
そう夢は膨らむものの、器屋さんを開くのは「いつか結婚して子どもを産んで、子育てがひと段落ついた頃かな」と考えていた吉田さん。「いつかお店を持ったとき、お客さんにコーヒーでも出せたら」と飲食業界に転職したところ、その運営会社が和食器専門店を立ち上げることになり、就職してまだ半年の吉田さんが抜擢され、店長を任されることに。
こうして器の世界に入った吉田さんでしたが、店長として多くの器と触れ合う2年半の月日を経て、会社を辞めることに。すると、知り合いから「いい場所が空いたから、お店やっちゃえば」といまの物件を紹介され、お店をオープンさせることとなりました。
「開店資金がまだ貯まっていなくて、一度は物件の話を断ったんですが、勢いに乗って。想定より10数年ほど早く実現してしまって、結婚がかなり後ろ倒しになりました(笑)」と笑う吉田さん。開店までの道筋は違いましたが、「若手作家さんを紹介する」という当初の夢は思い描いたとおり。有望な若手が多く集まる、魅力あふれる器屋さんとなりました。
想うがままにつくる作家を求めて
そんな吉田さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、京都市で作陶する若手作家、小坂大毅(こさかだいき)さんの器です。
「小坂さんは30代前半の方なんですが、古染付(こそめつけ)という中国の明時代の古い 焼き物がすごくお好きで。古染付っておおらかで、絵付けもともすると稚拙と思われるような奔放さがあるんですが、そのなかにも品格があるところが、小坂さんは気に入っているようです。そんな古染付に近づこうと、写しもオリジナルもつくっていらっしゃって。
最初に作品を見たとき、絵がすごくお上手で、熟練した印象を受けたんです。長年、絵付けをやっている方が、ちょっと力を抜いて描いているのかなと。でも、出会ったときはたしか29歳で、本当にびっくりしました。徳利を持ってみると、見た目の印象よりもずっと軽い。技術が高いから、軽くつくれるんです」
お次は、岐阜県多治見市で作陶する、三浦ナオコ(みうら)さんの器です。
「三浦さんの作品は半磁器で、その特性を生かして柔らかみのある質感に仕上げています。釉薬の流れが水色で、とてもきれい。流れる様子も器ごとに違い、すごく表情が豊かなんです。三浦さんは和洋問わず古い時代の器が好きで、そういったものから発想を得て作品づくりをされているんですが、生地感が古い器のようで、そんなところも魅力です。
そんな風に古い時代の器を投影させながらも、何気ないかわいらしさがあるのが、三浦さんの器の最大の魅力。ついつい集めたくなってしまいます。三浦さん自身もかわいらしい方で、作品とイメージがピッタリですね。
最初の頃は白い器を中心につくっていらっしゃったんですが、その後は、白×黒、グレー、染付、土物と、ここ2年ほどで急に幅が広がりました。今回ご紹介する『染付菱形豆皿』は半分グレーがかって見えますが、これは呉須(染付に使われる絵具で、焼成すると藍色に発色する)で塗ったもの。ダミといって呉須をべたっと塗ってあるんですが、藍色ではなくグレーに発色していて、面白いですよね」
最後は、福島県いわき市で作陶する、山野邊孝(やまのべたかし)さんの器です。
「おそらく師匠の影響だと思うんですが、山野邊さんは独立したとき、織部をつくってらっしゃいました。それも、のびのびとした勢いのある感じのもので。でも織部をやめてしばらくすると、今回ご紹介した器のような灰釉をつくるようになったんです。形もすごくずっしりとしたもので、落ち着いた雰囲気。これこそが山野邊さんがやりたかったもののような気がします。
この『石皿七寸土灰釉』は、瀬戸で古くに焼かれていた『石皿』というどっしりとした分厚い皿がモチーフで、それを現代のご家庭でも使いやすいようにアレンジしたものだと思います。木を燃やした灰でつくった土灰釉を使い、酸化焼成という方法で焼いているんですが、窯によって表情がちょっとずつ違っていておもしろいです。
パスタやカレー皿として、あとはお刺身の盛り合わせなんかに使ってもいいですし。縁に厚みがあり、すごくお料理映えするんですよ」
吉田さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「基本的には、自分が使いたいものというのが一番なんですけども、ではそれは一体何かと考えると、作家さんが自然につくりたくてつくったもののような気がします。たとえば売れ筋とか何かを意識するのではなくて、思うがままにということ。『この人がつくったら自然とこういう感じになってしまう』と思える作家さんですね。
どうやってそれがわかるかというと、作品を見て感じられるというか。そして、作家さんに会って納得するみたいな感じです。作家さんの中から湧いて出てきたものなので、作家さんによって、すごく使いやすいものだったり、繊細なものだったり、面白いものだったりと、それぞれに違いますね」
本当に自分のやりたいことは何か、その疑問と向き合い続け、自分の中から溢れ出たものを意のままに器に落とし込む作家たち。そんなつくり手たちの作品かを、吉田さんは巧みに嗅ぎとっているようです。だからこそ「宙」の器は、手にとった人の心を強く揺さぶるのかもしれません。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/山川修一 取材・文/諸根文奈>
宙(そら)
03-3791-4334
11:00~17:00(時短営業中)
火・水休
東京都目黒区碑文谷5-5-6
最寄り駅:東急東横線「学芸大学駅」から徒歩約8分
https://tosora.shop-pro.jp/
https://www.instagram.com/sorasora1101/
◆阿部慎太朗さんの個展を開催予定(2021年12月11日~12月19日)
◆小坂大毅さんの個展を開催予定(2022年7月9日~7月17日)
◆三浦ナオコさんの個展を開催予定(2022年9月10日~9月18日)