「東京から北海道に移住しました」
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家の周りには、美しい田園風景が広がる
2021年の3月、セキさんは、これまで長年慣れ親しんだ東京を離れて、北海道・東川町に家族で引っ越しました。旭山動物園に近いというと、少しなじみやすいでしょうか。失礼承知で北海道をざっくりひし形に描いたとすれば、そのまん中よりも気持ちやや上あたり。大雪山が育んだ清らかで良質な水が自慢で、その銘水ゆえに、あたりは田園風景広がる米どころでもあります。
もともとは、10年以上前から、家具デザイナーである夫の清水さんが、木材資源が豊富で、お隣の旭川市とともに木工家具の町である東川町に、仕事の関係で頻繁に訪れていたことが、きっかけです。
東京出身・生粋の都会っ子である清水さんですが、通ううちに、豊かな自然に囲まれたこの地域にどんどん惹かれていきました。行くたびに知り合いも増え、東京に帰ってきては「あそこはいいところだ。住んでみたいなあ、住めないかなあ」と熱弁する清水さん。もともと自然が大好きなセキさんですが、「それはきっと素敵なところなのだろうけど〜(実際に生活するのは難しいね)」、と話半分で聞いていたと笑います。
豊かな自然環境に、心はどんどん惹かれていって……
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撮影のときにセキさんが握ってくれた、とんでもなくおいしかった枝豆入りおにぎり。東川町産のお米を圧力鍋で炊いていた
むくむくとこの土地に惹かれる気持ちが大きくなる清水さんは、仕事で訪れる際に、家探しをスタート。2、3軒は物件を回ったそうです。そうこうしているうちにお子さんに恵まれたセキさんは、話半分で聞いていた夫の希望に、子が成長するにつれ「こっちで子育てするの、いいなぁ。子どもにとっても絶対に素晴らしい環境であることは間違いない……!」と真剣に同調するようになっていました。
「東京で子育てをしていたときに外遊びをしようと思ったら、まず、子どもが安全に活動できる場所まで、私が連れていく必要がありました。身支度をして、着替えや飲み物などの持ち物を準備して、子を自転車に乗せて……。公園などの目的地に着いたら、それからがようやく子どもがしたいことを思い思いに遊ぶ時間。でも、こっちではその移動の必要がありません。
もちろん、そばで見てはいますが、子どもが『外で遊びたい!』と思ったら、その気持ちのままに玄関をピューッと飛び出して、そこら中で遊ぶことができます。逆に室内で遊びたいと思ったら、すぐにお家に入ればいい。以前、『(東川町で)どこで遊ぶのが楽しい?』と長女に尋ねたとき、『道路!』と返ってきたときは、びっくりしましたね。滅多に車が通らない家の前の道路で、大の字になって寝転がっていたりするんです。東京では絶対できなかったそれが、楽しいのだと。面白いですよね」(セキさん)
普段は東京、長期休みは北海道で。2拠点生活のはじまりです
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三角屋根に板張りの、素敵なお住まい。左手にそびえる大きな木には、秋にはいっぱいのおいしい栗が。手前でピンク色の花をつけているのは、ハマナス
ご縁がつながり、長女が2歳になるちょっと前の2016年の春に、現在の住まいである築50年の古家に巡り合いました。まずは1週間ぐらい清水さんが滞在し、そのあとは、折を見ては現地に向かい、友人らの手も借りながら、少しずつ、少しずつ、リフォーム。
このときから、夏休みと冬休みの間は東川町で過ごすという、ゆるやかなセキさんの2拠点生活が始まりました。長女の3歳の誕生日は、東川町でお祝いしたそうです。
とはいえ、一家の過ごし方は、観光地に足を運んだり、さまざまな“北海道っぽい”アクティビティを楽しんだり、というような、別荘でのバケーション的なイメージとは、ちょっと違いました。あくまで、日々の暮らしの延長線上のような時間の使い方。
「なにせ築50年ですから、あちこち直すところがいっぱいで。家を家族が暮らしやすいように修繕しながら生活する、という感じだったんです。いまもまだいろいろ直したり、つくったりしているぐらい」(セキさん)
カセットコンロでごはんをつくり、布団を並べて家族で雑魚寝。訪れるたびに増えていった知人のところへ遊びに行ったり、洗濯機を借りに行ったり。ご近所で野菜を育てる高齢のご夫婦ともすっかり仲良くなりました。
暮らし丸ごとDIYのような生活は、この時代には貴重なもの。きっとお子さんにとっても、キャンプのような毎日と、どんどん暮らしやすく変わっていく自分たちのおうちの変化は、何よりも面白いイベントになっていたのでは? と想像します。
古家を購入して5年目に、完全移住することに
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同じ敷地内には、清水さんの家具ブランド「monokraft」の工房兼ショールームを新築。ご自宅とはまた違った趣きの愛らしい建物
自然の中に身をおく心地よさと大自然ゆえの厳しさ、夏の最高に気持ちのよい気候に、冬の真っ白な雪景色の美しさとそれに反するかのような生活面での過酷さ。
2拠点生活を続ける中で、その両面を存分に味わった家族は、ついに移住することを決意しました。
あれだけ「住みたい!」と熱烈移住推進派だった清水さんは、いざ実現しそうになると「仕事のこととか、本当に大丈夫かなあ?」とちょっぴり不安げ。そんな清水さんに「大丈夫、なんとかなる!!」と背中を押すのは、もともとは移住控えめ派のセキさんだったそう。
“家族”って面白いです。
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清水さんの工房内は、一角を壁で仕切って、ショールームに。右奥のガラス扉の向こうに、清水さんがデザインした家具が並ぶ。この工房で、家具職人の遠藤覚さん(enao)と清水さんは黙々と作業を進める
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使い込まれた工具や機械が雑多に並ぶ工房の様は、実にかっこよかった
東京でどっぷり参加して、長女も自身も大好きな自主保育(※連載第7回参照)の活動は、「ぜひまっとうしたかった!」というセキさんは、長女の小学校入学を移住のタイミングと決めました。
自主保育の卒会式(卒園式のようなもの)では、長女含めた小学校へ進学する子どもたちひとりひとりに、お母さんたちが作詞をした歌をみんなで歌ってプレゼントしました。そんな温かな思い出を胸に、まだ寒さの残る、春を迎え始めた北海道へ、いざ。
新芽が勢いよく芽吹き出すのと同じように、家族の新しい生活が始まりました。たくさんのワクワクと、小さな不安もちょっぴりと胸に抱えて。
後編で、その続きをお伝えいたします。
〈撮影/前田 景〉
遊馬里江(ゆうま・りえ)
編集者・ライター。東京の制作会社・出版社にて、料理や手芸ほか、生活まわりの書籍編集を経て、2013年より北海道・札幌へ。2児の子育てを楽しみつつ悩みつつ、フリーランスの編集・ライターとして活動中。