現れた里親希望者さん、だけどあと一歩が進まない
何も持っていないから、何もできない――。猫エイズと猫白血病のあいと出会った時、私は、自分のことをそう思っていました。
だから、誰かに助けてもらわなければ、あいをしあわせにできない。あいをしあわせにすることだけが、すべて。その気持ちだけが、何もない私の唯一でした。
あいは、その日もきゅるんとした目で、「ボールを投げて?」とじゃれついてきます。そーれ、と放り投げると、まるで子猫のように夢中で追いかけていきます。毎日がパーティー。力いっぱい思うがままに。
だけど、運命とは不思議なもので、せっかく現れた里親希望者さんとは、なぜかその後、タイミングが合わないことが続きました。約束をしたら台風がきたり、どちらかに予定が入ってしまったり……。
もう何度目になるのか分からない延期の電話を切って、私は不安と落ち込みでうなだれます。しあわせまで、あと一歩なのに、それが叶わない。
誰かが、もしかしたら神様みたいな何かが、このご縁に「待った」をかけているの……? そんな後ろ向きな気持ちにまで追い込まれました。
あいと暮らすために、必要なことってなんだろう?
だけど――だからこそ、私は、その時、導かれるように、ふわっと前を向いたのです。もしも、もしも、あいと一緒に暮らすとしたら、自分にはこれから何が必要なんだろう、と。
「あいの治療を続けられるだけのお金」
「感染していない猫と、同じ家で暮らす方法」
「生きづらさを抱える自分ができる仕事」
考えて、途方にくれます。誰かに助けを求めずに、私は、そんなことができるのだろうか、と。でも、あの日、あいが乗ってくれたのは、私の膝でした。
何十、何百という人の群れの中で、たったひとり、一番できそこないの私の膝……。
あいは、私を選んだの?
あいのアパートでお弁当を食べていると、食いしん坊のあいが、ふんふんと中を覗いてきます。そして、つくねだんごをボールと間違ったのか、「投げて投げて」と手をちょいちょいやりました。
お行儀が悪いけれど、私はそれをぽんと放りました。「うきゃきゃきゃ」と飛びつき、転がして遊ぶ、あい。廊下に追い詰め、最後はおいしそうに頬張るあい。
その背中に、もう一度、問いかけます。何もできない私は、あいを、しあわせにしてあげられるの?ううん。今、私は、本当に、何もできていないの? ――と。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」