里親募集の掲示板に届いた、温かいメッセージ
猫エイズと猫白血病のあいと出会い、里親募集をしていた頃、私は精神的パニックの真っただ中にいました。お金はない。仕事も行けない。何より、心が壊れそうに不安定。
こんな私では、あいを一生しあわせにするなんて、とうてい誓えなかったのです。
そうした不安を見越してか、あいを保護した私の行動に、お叱りを受けたことも少なくありません。動物愛護団体の掲示板にすべてを明かすと、厳しいお言葉をもらったこともありました。
そのたび、ますます自分を責める日々。ふさぎ込みそうになっていた、ある日のことでした。
ひとつの保護団体のホームページで、いつものように里親募集を書きこむと、思いがけず、こんな言葉が返ってきたのです。
「あいちゃんを助けてくれて、ありがとう」
一瞬、目を疑いました。不完全な私に、肯定の言葉をくれるなんて。しかも、書き込みは、ひとりだけでは終わりませんでした。次から次へとつながる「ありがとう」の花束。
涙があふれました。助けてよかったんだ。私、怒られることをしたわけじゃなかったんだ――。
個人で猫を救う活動をしている人たち
言葉の主は、誰もが知っているような有名な「団体」ではありませんでした。「個人」で、猫を救う活動をしている人たち。飼い主のいない外の猫。置いてけぼりにされた捨て猫。迷い猫。そんな行き場のない命に手を差し伸べて、新しい家族へつなぐお手伝いをする方々です。
団体さんのように、何十匹もを保護することはできません。だけど、ひとりが、1匹を保護し、そんなひとりが何人にもなれば、救われる猫はうんと増える。
何より、私がもらった「ありがとう」で、私も、あいを家族にする決意をし、1匹の命がおうちをみつけたのです。
今では、さらに「地域猫」といって、ボランティアさんが野良猫の不妊手術をし、その後も地域でごはんをあげ、排せつのお片づけをするなど見守ることで、人間と猫が共存できる世界を作ろうとしてくれています。
かつて、あいの時代にはそんなものはほとんどなく、あの繁華街の路地裏で、あいは人間に蹴飛ばされながら、ごみを漁って生きていました。生き抜くために、自分を殺すかもしれない人間に腹を見せ、ごはんをねだりました。
猫エイズを患っていても不妊手術をされていないため、もしかしたら子どももでき、悲しい運命をたどった命もあったかもしれません。
あいは、運よく、私と出会えた。私は、運よく、私に「ありがとう」をくれる人たちと出会えた。
今、ひとりぼっちで震える命は、これから誰と出会えるのでしょう。子猫が生まれる季節がきました。
どんな命も、「隙だらけで眠れる世界になりますように」。これは、私の好きな猫チャリティー小物ブランドさんの言葉です。アパレル関係まで、猫たちのために心を傾けてくれる時代になりました。
私たちひとりひとりは、世界を変える力はないけど、小さな力が集まって、大きな力になりますように。
咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」