(『79歳、食べて飲んで笑って』より)
70歳、新しい旅がまた始まる
さて、もう一度お店をやろうと決めたはいいけれど、お金は使っちゃったし、どうしましょうと思っていたところ、噂を聞きつけてその昔グッチのケータリングでアルバイトしてくれていた男の子達の一人、I君が「1000万出すから好きに使って」と資金を提供してくれたんです。
20年前の学生さんは、ずいぶん立派な頼れる男性になっていました。当時からユニークで真面目なところもあって、ただのイケメン君ではなかったけれど、それにしても立派になっていたことがとても嬉しかったわ。
それにこれまで一生懸命仕事してきたこと、人とのお付き合いに手を抜かなかったことがこうして返ってくることもあるんだと思うと、感慨深かったですね。
そして青山に店を借り、2014年、“のみやパロル”をオープンしました。
始めるにあたって手伝ってもらえないかと声をかけたのは、30年来の付き合いになる出村明美さん、通称あみちゃんです。
あみちゃんとは西麻布の事務所で“ごはんやパロル”をやり始めた頃に知り合い、以来ずっと信頼できる友人でもあり、仕事仲間でもあり続けてくれた人です。
あみちゃんは、私がメニュー開発に携わって立ち上げ、あみちゃんを紹介したタイのチェンマイにある店で仕事をしていましたが、ちょうどその店が閉店となり、帰国して何もしていない時期でした。
それであみちゃんと私の息子のお嫁さんに手伝ってもらって、青山のパロルを何とかオープンさせることができました。
店のユニフォームはユニクロのリネンシャツ。スタッフはみんな好きな色を選びましたが、私が選んだのは白。真っ白なシャツとエプロンを付けると気持ちもキリッとして気持ちがいいのです。
何よりも、70歳を過ぎて、また、新たに働けるということがすごく嬉しくて、また私に新鮮な日々が帰ってきました。
オープンに当たっては伊豆で1週間の合宿を開き、あみちゃんと二人でどういうものを出す店にしようかミーティングしました。そしてお出汁をベースにしようということになり、突き出しはお出汁にすることを決定。
創作料理や洋風のものが多い中、お母さん達がつくるような本物の、普段の和食を出そうということになりました。
初めは日替わりで7種くらいのおばんざいをつくって大皿に並べていましたが、1年半ほど経って、毎日のおばんざいを5種類ほど、それ以外のお料理は仕込んでおいてその場で調理する今のスタイルに落ち着きました。
店名は「あみちゃんがやっていた『スプーン』もいいね」、なんて話し合ったんですが、結局は以前と同じ「パロル」にして、元夫の黒田征太郎さんが描いてくれた看板をそのまま使うことにしました。
オープンしてからは、昔常連さんだった方が昔のままの看板ロゴを見て来てくださったり、新たなお客様が、さらにそのお知り合いの輪をつなげてくださったりと、やはり案ずるより産むが易し、始めてみて良かったという思いは日毎に強くなっていきました。
それでも最初のうちは、リニューアルのために借りた借金も返さなければならないし、昔の要領では動けないしでイライラが募り、居候しているあみちゃんの家で二人して口喧嘩ばかりしていました。
お店に立つようになってまず気づいたことは、20年前と同じようにはもう動けないという厳しい現実でしたね。物忘れもするし、老眼鏡がないと何もできないし、すぐに腰痛にもなる。
若い頃、当たり前にできていたことがどんどん難しくなるんです。完璧主義で、潔癖症だった私は、最初のうちはそういう自分を受け入れられなかったんだと思います。
けれどそんな時にあみちゃんが「えみちゃん、前と同じようにはできないけど、それはそれでいいじゃない」と言ってくれて、少しずつ現実を受け入れ、前と同じようにはできなくても、これはこれでいいんだって思えるようになっていきました。
失敗を責め合うのではなくて、笑い飛ばす方がよっぽどいいものね。そう思えるようになってからずいぶん楽になって、これまで通り仕事を楽しめるようになりました。
アジの南蛮漬けのこと
美味しい小アジが手に入る旬の時期につくります。たっぷりつくって、おかわりしていただきましょう。
材料(4人分)
● 中アジ | 8尾 |
● 長ネギ | 12本 |
● 片栗粉 | 適宜 |
● A | |
・しょうゆ | 大さじ1と1/2 |
・酒 | 大さじ1 |
・しょうが汁 | 大さじ1と1/2 |
● B | |
・白だし | 大さじ1 |
・酢 | 大さじ2 |
・砂糖 | 小さじ2 |
・赤唐辛子 | 1/3本 |
・だし汁 | 大1 |
つくり方
1 アジは腹ワタ、ぜいごを取り、Aに漬ける
2 1に片栗粉をつける
3 油を熱し、2を揚げる
4 長ネギは3〜4cmに切り、素揚げにする
5 Bをバットに入れ、3と4を漬ける
*小アジが無かったので、中アジを三枚におろして小さく切って使用。できれば小アジで
本記事は『79歳、食べて飲んで笑って 〜人生で大切なことは、みんな料理に教わった』(産業編集センター)からの抜粋です
〈撮影/田川友彦 聞き手/田邊詩野(子鹿社)〉
桜井莞子(さくらい・えみこ)
東京・南青山にある、ごはんや・のみや「PAROLE」の店主。デザイン事務所勤務後、結婚、出産、2児の母となる。ケータリング会社の経営を経て、西麻布に「ごはんや PAROLE」をオープンし評判に。還暦を機に引退を決意。悠々自適な暮らしを楽しみつつ、料理教室を始める。2014年、70歳で一念発起し「のみや PAROLE」を開店。著書に『食通が足しげく通う店 PAROLE のおかず帖』(KADOKAWA)、『白だし和食』(講談社)、『ちゃんと覚えたい乾物料理の基本―乾物じょうずは和食じょうず』(成美堂出版/刊)がある。最新刊『79歳、食べて飲んで笑って 〜人生で大切なことは、みんな料理に教わった』(産業編集センター)が発売中。
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年齢を重ねるって楽しい! 70代でお店をオープン、伊豆と青山で2拠点生活。食通に愛される青山のごはんや・のみや「パロル」店主・桜井莞子さんによる、“好き”であふれた日々を送るための処方箋。桜井さんが自分を形づくってきた人や物事、さまざまな料理やお酒について語る1冊です。桜井さんの思い出の料理10品のレシピも公開。