(『天然生活』2022年5月号掲載)
最高の状態で小説に向き合うための朝
「私は完全に朝型人間です。太陽が上がってくるのを待ち構えるのが理想の朝で、夏は負けちゃうけれど、冬は余裕で勝てます」
笑顔でそう語るのは、小説家として数々のベストセラーを生み出している小川糸さんです。夜は9時半にすっと眠りにつけたら最高で、朝は6時前に起床。
愛犬のゆりねちゃんには正確な腹時計が備わっていて、たいてい目覚まし時計が鳴る前にモゾモゾと動き出すので、一緒に起きるそう。
ベッドから出たら、ゆりねちゃんにごはんをあげ、お湯を沸かして身支度を整え、その日の気分や体調に合わせてお茶を選びます。仏様に手を合わせるのはお母さまが亡くなってからの習慣で、一日の始まりに命のつながりに感謝し、祈りの言葉を唱えます。
「私を平和の道具としてお使いください、もっとよい作品が書けますように、と無心でお祈りします」
祈りには自己暗示の効果もあり、感謝することで悩みやトラブルがあっても気持ちがリセットされ、解決策に導いてもらえる気がするのだとか。
「ヨガもそうですが、朝は自分にプラスに働いていると実感できることをします。何かし忘れると気持ちが悪いし、朝がスムーズだといい流れが生まれて、一日を滞りなく過ごせます」
朝の日課は、仕事に集中するために少しずつ工夫しているうちにできてきました。
「朝の気持ちのよい空気のなかで、小説に向き合いたいんです。以前は不規則な生活を送り、瞬発力で夜まで書き続けることもありましたが、それだと全力疾走したあとバタンと倒れて、書きつづけられないと思いました。夜書くと全部がよく見えて、ひとりよがりになりやすいですし。いまは淡々と、平日の8時から11時を執筆に当てています。一日の量は少なくても、結局は早く仕上がります」
平日に効率よく仕事をするためにも、週末はしっかり休みます。目覚まし時計もかけないし、友人と遊んだり、遠出をしたりも。
「金曜の午後から週末扱いです。一日のなかでも1週間のなかでも、きちんとリセットして自分を整える。内面を充実させる時間を積み重ねることで、一番いい状態の自分を仕事に反映できると思います」
整える朝習慣 1
カフェインフリーのお茶を入れる
体を冷やさないよう、一年中温かい飲みものをいただく小川さん。とくに朝一番に熱いお茶を飲むと、体がすっきり目覚める気がするのだとか。
「カフェインフリーのお茶をいろいろそろえています。最近は伊豆大島の取材先でいただいてから気に入っている明日葉茶を飲むことが多いです。以前は鉄瓶でお湯を沸かしていましたが、いまは熱伝導率が高く、お湯がすぐに沸く銅のやかんを使っています」
整える朝習慣 2
仏様にお線香を上げて祈る
二見光宇馬(ふたみこうま)さんの仏様に、お母さまが亡くなった折に編集者から贈られたおりん、カヌレ型のキャンドルホルダーなどでこしらえた手づくりのお仏壇。
「母が亡くなってから手を合わせるようになりました。最初は何もなかったんですけれど、少しずつそろってきて。生きとし生けるものが幸せでありますように、いつも見守ってくださってありがとうございます、と決まった祈りの言葉を唱えます」
整える朝習慣 3
ヨガをする
15年ほど前から週末に習っているヨガ。開店前のカフェの一角で、テーブルや椅子を隅に寄せてヨガマットを敷く簡易教室で、生徒は小川さんひとりということもあるそう。
「家ではヨガマットも使わず、部屋着のまま気軽に。いつも教室で最後に行う太陽礼拝を10回繰り返します」
深い呼吸をしながら、頭を空っぽにして集中することで、体のみならず精神面にもいい影響を感じるそう。
整える朝習慣 4
お茶を飲みながら新聞を読む
文字を大きくできる便利な機能があるので、新聞を読むのはiPad。1面からまんべんなく1時間ほどかけて読むのが毎朝の日課です。
「世の中で起きているいろいろなことを教えてくれます。新聞離れといわれて久しいですが、プロが時間をかけて書いた記事はネットニュースとはまったく違いますよ」
人生相談欄などから、作品のヒントとなるようなインスピレーションを得ることも。
余裕のある朝は……
おかゆを炊く
1食目は執筆を終えた11時ごろに、朝昼兼用でいただくのがルーティン。
平日は晩ごはんの残りやお弁当を買ってきて、簡単に済ませることが多いのですが、余裕のある週末は、ゆったりとおかゆを炊きます。
「おかゆはおいしいだけではなく、粥有十利(しゅうゆうじり)といって、いいことがたくさんあります。胃腸が疲れているときなどにいただくと、リセットされるようで楽になり、体が整います」
朝の時間割
05:55 | 目覚ましをかけて起床 |
06:00 | 手のひらに日光を当てる |
06:05 | お湯を沸かし、身支度 |
06:10 | 仏様にお祈り |
06:15 | ヨガ |
06:30 | お茶を飲みながら新聞を読む |
08:30 | 仕事開始 |
* * *
<撮影/公文美和 取材・文/嶌 陽子>
小川 糸(おがわ・いと)
小説家。2008年『食堂かたつむり』でデビュー。 多くの作品が、英語、韓国語、中国語、フランス語、スペイン語、イタリア語などに翻訳され、さまざまな国で出版されている。 『食堂かたつむり』は、2010年に映画化され、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです