• 味覚はときに切ないほど、懐かしい記憶を呼び覚まします。口にすればいまでも、幼い日に戻れるような気がするのです。今回は、エッセイストの阿川佐和子さんに、幼いころよくせがんだお母さまの料理「レモンライス」のつくり方を教わりました。
    (『天然生活』2023年9月号掲載)

    父のために、母とふたり、台所で格闘の日々でした

    阿川佐和子さんのお父さま、阿川弘之氏といえば、小説の神様・志賀直哉に師事した、いわずと知れた昭和の文豪。さらに、食通としても大いに知られる存在でした。

    「父は、結婚すると同時に『一食たりとも不味いものは食いたくない』といい放ったものですから、母は料理本をあれこれ読んだり、周りの料理上手な方々に教えてもらったりして、腕を磨いたようです。今回ご紹介するレモンライスも、きっとそんなふうにしてどこかで知った料理なのでしょう」

    まろやかなホワイトソースに、きりりとレモンの酸味が効いたさわやかなおいしさ。「ハイカラな、洋食の一種なのかしら?」と長年思っていたら、数十年の時を経て、最近、ヒントが浮上したそう。

    「つながりは明らかではないけれど、インド料理に“レモンライス”というものがあって。そちらはもっとスパイシーなものなのですが、もしかしたら、そのあたりに何か起源があるのかもしれません」

    実家暮らしのころは、お父さまを満足させるべく、ともに台所に立つ毎日。それは日々重なる、母から娘への味の伝承でしょうか。

    「いやいやいや、そんな優雅なものではなかったですねえ。もうね、ふたりで父のために格闘していたっていう感覚です。お客さまも多かったし、『とにかく何か出さなきゃ、とりあえず、これで間をもたせておいてメインをつくらなきゃ』なんて、私たちはいつも必死」

    さあ料理を始めよう……まな板に野菜をのせ、それが大根であったなら、お母さまはスッと一枚薄く切り、パリッと口にしてから、作業に取りかかったといいます。

    母の、その癖が私は好きで。いまも無意識に、同じことをしていたりしますね。あとはね、料理の途中に、よく水道の水を飲んでいました。いまって水道の水をそのまま飲むことってないなあ、なんて考えると、母のその姿を、ふと思い出したりするんですよね」

    「レモンライス」のつくり方

    画像: 「レモンライス」のつくり方

    幼いころ、よくせがんだ料理。残念ながらいまは手元にないという、“母の料理ノート”にも書き留められていた、阿川家おなじみの味。

    冷やごはんにかけるのが阿川さん流

    昭和30年代の初めごろから、ホワイトソースもデミグラスソースも手づくりしていたというお母さま。レモンライスも得意料理のひとつで、阿川さんはともに台所に立ちながらレシピを覚えることができたそう。意外にも冷やごはんにかけるとおいしいのだとか。

    材料(2〜3人分)

    ● 鶏もも肉1枚(200g)
    ● 玉ねぎ1/2個
    ● マッシュルーム3個
    ● にんにく1片
    ● レモン1個
    ● 白ワイン大さじ3
    ● ローリエ1枚
    ● 薄力粉大さじ2
    ● 牛乳2カップ
    ● 塩、こしょう各適量
    ● バター15g
    ● ごはん適量

    つくり方

     鶏肉は余分な脂をのぞき、皮全体に金串で穴を開け、ひと口大に切る。玉ねぎは1cm幅のくし形切りに、マッシュルームは4等分に、にんにくはみじん切りにする。

     フライパンにバターと、にんにくを入れて中火にかける。バターににんにくの香りが移ったら、鶏肉を加えて炒める。鶏肉が色づいたら玉ねぎとローリエ、マッシュルームを加えて炒める。

     薄力粉を加えてこげつかないように炒め、白ワインを加える。塩、こしょうで味をととのえる。

     牛乳を加えてなじませ、仕上げにレモンの果汁をしぼり入れる。

     器にごはんを盛り、をかける。



    <料理/松田美智子 撮影/山田耕司 取材・文/福山雅美>

    画像: 撮影/枦木 功

    撮影/枦木 功

    阿川佐和子(あがわ・さわこ)
    慶應義塾大学卒業後、報道番組のキャスターを務めたのちに渡米。帰国後はテレビ出演のほか、エッセイスト、小説家として、多岐にわたり活躍する。近年は、女優としての活動も。著書に『母の味、だいたい伝授』『アガワ家の危ない食卓』(ともに新潮社)など多数。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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