つくる人から、伝える側へ
「20代の頃は、骨董屋や古道具屋を見て歩き、私にとっては学校みたいな存在でした。居場所のようでもありましたね」。そう話すのは、大岡山の駅前商店街にある器屋さん「岡の」の店主、片岡亜紀子さんです。
昔は人気の大判焼き屋さんだった物件をリノベーション。古家具に囲まれた店内には、作家の器をメインに、バッグ、洋服、アクセサリーなど、手間暇をおしまず仕立てられたお宝のようなアイテムが並びます。
その昔、染織で作家活動をしていた片岡さん。染織とは、布を染めることと織ること。化学染料で布を染める人もいますが、片岡さんの場合は、もっぱら草木染め。学生時代に興味を持ち、卒業後に3年ほど沖縄を旅しながら、技術を習得したのだとか。
東京に戻ると、都内のギャラリーなどで個展を開催。その頃、出会ったのが、サラリーマンを辞めて作家活動を始めたばかりだった、ガラス作家の艸田正樹さんでした。ちなみに艸田さんは、いまでは高い技術と造形美で、多大なリスペクトを受ける名作家です。
「音楽フェスのイベント会場で、作品を販売されていたんです。そこだけスポットライトが当たるかのように輝いて見えて。でも、鉢ひとつが当時の価格で4000円ほど。染織では稼げず貧乏暮らしでしたが、意を決して買いました。毎日、ちゃぶ台の上で使ってましたね(笑)」
その後は結婚し、育児に奮闘。ジュエリーデザイナーの夫が独立し、自身のブランド「kataoka」を立ち上げると、片岡さんはショップマネージャーとして夫の仕事を支えます。そしてほどなくして、染織をやめる決断に至りました。
「夫の手伝いや育児を理由に物づくりをやめましたが、それは口実。本当は、諦めたんです。私は夫のジュエリーが大好きなんですが、物の持つ凄さはもちろん、夫のジュエリーを手にしたお客さんが心から感動する姿を目の当たりにし、自分の力の限界を感じてしまって」
そして、夫の手伝いにも余裕が生まれ、子どもの手ももう少しで離れるとなったのが、40代半ば。「時間ができるけど、どうしよう?」と考えていると、ある出合いが人生を変えます。「いつも歩く通りに空き物件を見つけて。見た途端、そこで自分がお店をしているイメージが、なぜか急に湧いたんです」
自店を持ち数年を経たいま、作家への憧れや尊敬を伝えることが自分の役割のように感じているという片岡さん。「よいものを見ると、つくり手の熱量と目指しているものの純度の高さに圧倒されます。いつ訪れても、そんなよいものと出合える場でありたい」とも話します。
だからこそ、ゆっくり器を手にとってほしいと、常設がメイン。器の展示会は年に一度やるか、やらないかという頻度。だから、いつでも器とじっくり向き合え、ゆったりとした時間を過ごせるのも、「岡の」の魅力のひとつです。
後世に受け継がれる、作家の器を
そんな片岡さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、佐賀県唐津市で作陶する、秋田菫(あきた・すみれ)さんの器です。
「唐津は器を通して気づかされることの多い、魅力的な場所。唐津の作家さんとも縁があります。秋田さんは東京育ちですが、美大で陶芸を学んだ後、唐津の竹花正弘さんに弟子入りされました。若くして唐津を選択し、さらに竹花さんの元というセンスも、素敵だなと思っていて。
いろいろな作風を手掛けられますが、一番魅了されるのは絵唐津。身近な植物や花を描かれ、どれも儚げな印象です。唐津焼の伝統的な形を取り入れながらも、現代の暮らしに馴染むようアレンジされていますね。たとえば、この『めし碗』は、伝統のものより小ぶりです。
インスタに秋田さんの作品をアップすると、骨董好きのヨーロッパの方がよく反応してくださいます。なかには、うちを骨董屋と間違える方もいて(笑)。そんな骨董にも通じる雰囲気にも、惹きつけられますね」
お次は、石川県金沢市で制作する、艸田正樹(くさだ・まさき)さんの器です。
「先ほどお話しました、私が器好きになるきっかけとなった作家さんです。『つめたい水』は、昔からつくり続けている形。もちろんその後も、形が変化したり、技術も向上されていますが、この器が艸田さんの原点なのでは思います。
ピンブロウという技法ですが、まずは溶けたガラスを竿にとり、水蒸気の力で膨らませ、竿を傾けたり回転させて、重力や遠心力で成形するんです。自分では制御しきれない、自然の力に多くを任せてつくる形は、まさに自然のもの。『つめたい水』は、まるでわき出る水そのもので、透明感にあふれています。
艸田さんの器は、食卓にあるだけで光がそこに集まり、なんでもないお料理を華やかにしてくれます。盛りつける喜びも感じますね。“あまりに上品で、使うのに緊張する”とおっしゃる方もいますが、枝豆やチップスなど、なんにでも気負わず使っていただければ」
最後は、鹿児島県南九州市で作陶する、岩切秀央(いわきり・しゅうお)さんの器です。
「古い物を見たくて、古物を扱うお店に行ったら、岩切さんの器が置かれていたんです。“若い世代に、すごい人が現れた!”と嬉しくなって。いつもはお願いするかどうかは、しばらく使ってから決めますが、岩切さんの場合、手に入れるのと同時に決めました。
岩切さんの器は、川や海で丸く削られた石のような肌触り。手や口に触れたとき、安心感があり、ふっと和みます。揺らぎのある造形も魅力的ですね。岩切さんから以前、古代エジプトのアラバスターという石を磨いてつくる器の話を伺ったのですが、そんな古代の道具に通じるものを感じます。
若い男性のファンが多くいるのも岩切さんならでは。ご自身も30代前半と若く、つくる器には、20代30代の生活スタイルを垣間見るような気持ちになります。若い方にもどんどん使っていただきたいですし、生活スタイルを変えるほどの力のある器だと思います」
片岡さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「いいなと思うのが前提ですが、長い使用に耐えうるもの、後世に受け継いでいけるものです。100年先でも、“この時代、すごくいい器をつくる人がいたんだね”と思ってもらえるような。骨董屋と古道具屋さんが私にとっての先生で、店にはそんな継承できるものだけを置きたいと思っています。
好きなのは、古いものに影響を受けているもの、デザインがさりげないものです。作家さんの器には、技術やセンス、影響を受けてきたものなど、様々なものが反映されていると思いますが、だからといって作家性が強すぎない、表現のさりげないものが好みですね」
「岡の」では、それほど頻繁ではないものの、アート系の展示会も時折開催。「なぜですか?」と聞くと、「アートを眺めるのも器を眺めるのも、私にとってそんなに変わらなくて」とさらりと話します。
器は、道具として働くだけでなく、生活にときめきや潤いを与えてくれるもの。そんな想いを持つ店主が選ぶのは、時代を超えて愛される強くて美しい器たち。その魅力を味わいに、ぜひ訪れてみてください。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/林 紘輝 取材・文/諸根文奈>
岡の
03-5726-9843
12:00~19:00
月~木休 ※臨時休業はSNSにてお知らせしています
東京都目黒区大岡山1-6-4
最寄り駅:東急目黒線・大井町線「大岡山駅」より徒歩4分ほど
https://www.oka-no.com/
https://www.instagram.com/oka_no.oookayama/
◆竹花正弘さんと秋田 菫さんの師弟展を開催予定(2025年2月28日~3月9日)