絞り染めの町にある、風情あふれる器屋さん
「昔から物にこだわりが強くて、たとえば、ゴミ箱ひとつでも、気に入るものが見つかるまで絶対買わないんです(笑)。尋常じゃないほど物を探すのが好きというか、不便でもとりあえずのものは買わない、そういう性分です」
そう話すのは、名古屋・有松にある器屋さん「ハセル」の店主、金子知世さん。江戸の情緒を伝える旧東海道沿いに建つお店には、土味豊かな陶器や凛とした美しさのガラス器など、心をときめかせる器が並びます。

2022年オープン。趣ある古家具が並ぶ店内を、格子戸から漏れる日の光がやさしく照らします

3つ並ぶ片口は、左から井上美樹さん、外池素之さん、鈴木健史さんのもの

左端のオレンジのお皿は鈴木健史さん作、ほかは八木橋昇さん作
もともとは会社勤めをしていたという金子さん。フルタイムで忙しく働くなか出産し、育児に励むようになると、次第に価値観が変化していったと話します。
「“忙しくても、料理をちゃんとつくりたい、家もきれいにしたい”、そう考えるようになって。でも、そう望む自分とできない自分との間で、葛藤がありました。その一方で、適当につくった料理でも、器がいいと美味しく見えると思って、作家ものを買い始めたんです」
30代に差し掛かるころ、「このまま会社で年を取るより、何か別のことをしてみたい」と想うように。そして、周囲の人に「お店をやる」と宣言し、潔く退社します。「いったからには、やるしかないみたいな感じでした」と金子さんは笑います。

有松絞りで有名な有松は、日本遺産にも認定。旧東海道沿いには、江戸時代の商家が立ち並び、江戸の面影を残します

そんな通りの一画に、お店はあります。建物は、周りの景観に合うように配慮して建てられたもの
店には、見た目も使い勝手も抜群の生活雑貨も並びます。そのひとつが「昔から大ファンで、工場見学もした」という「びわこふきん」。また、自ら通っていた竹籠教室の先生でもある「竹籠工房ゴマコチ」の茶碗かごも。どれも、金子さんが自信を持っておすすめする品です。

愛知県蒲郡市で、夫婦で竹籠づくりをする「竹籠工房ゴマコチ」の茶碗かご
金子さんは、金継ぎにも力を入れており、作家に修理を頼まれることもあるのだとか。ただ、昔ながらの材料を使った伝統的な技法のため習得に長い年数がかかり、まだまだ修業中の身といいますが、「いずれは金継ぎのワークショップを開けたら」と、声を弾ませます。

飯碗と抹茶茶碗は外池素之さん作、蓋物は小山乃文彦さん作
生き様に感銘する、つくり手の器を
そんな金子さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、愛知県常滑市で作陶する、小山乃文彦(おやま・のぶひこ)さんの器です。

土味を残しつつも、穏やかな佇まいの小山さんの粉引き。こちらは「粉引き 飯碗」
「小山さんは、灰粉引や刷毛目も手がけますが、おもに粉引きをつくられます。小山さんの粉引きは、白い中にも表情があり、柔らかくてやさしい色合い。ろくろの成形も、美しいですね。好きすぎて、自宅の茶碗の8割が、小山さんのものになっています(笑)。

3点とも「粉引き 飯碗」。下ふたつは店主の私物で、一番下は金継ぎを施したもの。あえて漆のみで仕上げてあるのだとか
小山さんは、サイズをきっちり測らず大体の大きさでつくられるので、同じサイズのものに出合うのは難しくて。また、制作時期によって、色味や質感、表情なども違いますので、気に入ったものが見つかったら、逃さず手に入れるといいですよ。
小山さんは、暮らしぶりもとても素敵なんです。古い家に手を入れながら住んでいらっしゃり、ドラム缶で薪ストーブを自作したり、生ごみを堆肥にして畑に使ったり。薪ストーブに使う薪は、大工さんから譲り受けた廃材だったりと、まさに暮らしを循環させています。
お家に伺うときは、いつも娘ふたりを連れていくのですが、畑で獲れたじゃがいもを揚げたのをおやつにと用意してくれていたり。気さくでやさしい方ですね」
お次は、愛知県新城市で作陶する、鈴木健史(すずき・けんじ)さんの器です。

色・形・サイズが多彩に揃い、選ぶのが楽しくなる「板皿」
「鈴木さんは、30代前半のお若い作家さん。いろいろな器をつくられますが、なかでも『板皿』がすごく好きなんです。表情が一枚一枚違い、どれも素敵で選べないほど。何に使うか想像をかき立てられ、料理はもちろん、花器の下に敷いたり石鹸置きにしても素敵かなとか、考えるのが楽しいですね。
食事ですと、正方形のものにトースト、サラダ、マリネをのせて朝食プレートに。また、大き目のものに餃子を家族分並べたり、細長いものにはお魚をのせています。

先ほどの「板皿」の裏面。裏面は油染みする恐れがあるので、使う場合は、乾いたものをのせるといいそう

白い粒々は小石で、黒いのは鉄粉。土の風合いと淡く美しい釉薬に魅了されます
鈴木さんは、山の中に工房を構え、手づくりの大きな薪窯で焼成されています。粘土に含まれる小石をあえて取り除かず、その表情を楽しまれていますね。小石を残すことで、焼成時に割れるリスクもあるそうですが、ご自身の好きを突き詰めてらっしゃいます」
最後は、愛知県豊橋市で制作する、松本寛司(まつもと・かんじ)さんのスパイスミルです。

見た目も愛らしい「クロックマイ」。「胡椒を使うとき、その都度これで砕いています」と金子さん
「松本さんは、お皿やカトラリーなどを手掛ける木工作家さんです。若い頃は、仏師に師事し仏像を彫っていらしたそうですが、その後、多治見の『ギャルリ百草』さんがされている貸し工房『studio MAVO』に移り、木の器を制作されるようになりました。
『クロックマイ』はナラの木でできたスパイス潰し。通常のスパイスミルはプラスチックや金属が付いていて、壊れて捨てるときを考えるとためらって。でも、こちらは木だけとシンプルなところが好きなんです。木の温もりと見た目の可愛さにも惹かれますね。
現在は、渥美半島の海に近い場所に住み、家の隣の大きな畑で農作業にも励んでらっしゃいます。無農薬のお米づくりに試行錯誤しながら取り組んだり、訪ねていくと実った果物をわけてくださったり。そんな生き様や心の豊かさが作品にも表れているように思います」

店内インテリアも見どころ。古いアルミ皿でできた壁掛け時計は、作家chikuniの作品

釉薬の表情が多彩なマグカップは、すべて鈴木健史さん作
金子さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「直感で決めてはいますが、後から考えると、陶器でしたら土の風合いを感じられるものに惹かれるようです。そして、私生活をリスペクトできる作家さんですね。ご自宅から偲ばれる世界観や考え方、生き方に感銘を受ける方に、お声がけしているように思います」

壁にかかる花器は、オープンに合わせて、ガラス作家の井上美樹さんがプレゼントしてくれたもの
育児もあるため、お店は常設のみ。ただ、これまでに蔵出し市といって、作家さんの元にあった“世には出せないけど、使ってもらえたらうれしい”という少々難ありの品を販売するイベントを開催したことがあるのだとか。
この蔵出し市や金継ぎの話からも、クロックマイを好きな理由からも、“物を長く大切に使いたい、ムダにしたくない”という金子さんの想いが溢れているように感じました。物を溺愛し、慈しむ店主が選びとる器は、使い手にそっと寄り添うやさしい器です。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/金子知世 取材・文/諸根文奈>
ハセル
12:00~15:00
月・火・水休 ※営業日はInstagramにてお知らせしています
愛知県名古屋市緑区有松3001番地の2
最寄り駅:名鉄「有松駅」より徒歩5分
https://hasetomo428.shopinfo.jp/
https://www.instagram.com/haseru_haseru/