関心事を探求しつつ、一生をかけられる仕事を
京都国立近代美術館や京都市京セラ美術館といった文化施設や、器屋さんが多く集まる京都の岡崎エリアは、文化の香り豊かな土地。そんな岡崎に、2018年11月にオープンした「essence kyoto(エッセンス キョウト)」は、生活に潤いを与えてくれる独創性にあふれた器が揃うお店です。
店主を務めるのは、荒谷啓一さん、里恵さんご夫婦。啓一さんは高校生の頃に美術や音楽に傾倒し、それが元となって大学卒業後にネパールに渡り、チベット仏教を7年もの間学んだという経歴の持ち主です。
「アート全般にすごく感じるものがあって、この感動がどこから来るのかを、すごく考えたんですね。決して美術史とか学問的なことを学びたいわけではなく、内面的な物事として追及したいと思って、ネパールに行きました」
啓一さんはその後、ネパールからほかの国へと移り、さまざまなビジネスに携わりながら、20年以上も海外で暮らしたといいます。帰国後は、結婚を機におふたりはそれまでしていた仕事を辞め、京都で器屋を始めることに。
「日本で新たな仕事を始めるにあたって、自分たちが個人的な関心を探求できて、一生かけられる仕事にしようと考えました。そして、直感的なんですが、自分たちが大切だなと思うことが、器と器の周辺にあるような気がしたんですね。それなら、学生時代やネパールにいた頃、アートへの感動について考えを巡らせていた、その続きができるんじゃないかと感じて」
お店では器のほかに、シングルオリジンのお茶、紅茶、ほうじ茶、釜炒り茶など、日本で生産されている無農薬、減農薬のお茶も扱っています。それは、里恵さんがお茶を扱う商社で働いていたことも関係していますが、それ以前からお茶に特別な想いを抱いていたから。
「お茶はどの国でも飲まれていて、それぞれの文化を象徴するような存在だと思っていて。そして、どこの国でも誰でもお茶を楽しむことはできる、お茶を飲むということに関しては皆平等というか、そういうところもお茶を好きな理由です。日本でもいいお茶がつくられているので、お店を持ったら紹介したいとずっと思っていました」
作家の想いをより深く知るために
そんな荒谷さんご夫婦に、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、木作家、吉川和人(よしかわかずと)さんのカトラリーです。
「吉川さんは福島出身で、家の裏に山があり、幼少時代は森で遊んで育ったそうです。木を中心に動物や昆虫が生態系をつくり、生死を繰り返していく姿が心に深く刻まれていたそうで、木をただの素材と見ることができない、木は森の営みの中心で、その遺体がいま自分の手のなかにあるという感覚で、ものづくりをしていると話されていました。
また、かつて命があったものだけが持つ、柔らかさや艶めかしさみたいなものを、作品で表現したいとも。吉川さんの作品は美しく洗練されたカーブが特徴的ですが、それは、動物の首のラインや河原の丸石、水の雫など自然界のものからヒントを得ています。『最初は重さや硬さが不均一な塊だけど、重力や表面張力などの影響で、最後には均衡した形になっていく。その均衡のとれたラインが一番きれいなラインじゃないかと思ったんです』という考えが、作品に投影されていますね。
虫食いがあったり、節があるような木も、木が生きていた証というふうに捉え、そのまま作品に取り込むことが多く、そういった作品もとても素敵です。吉川さんは東京・世田谷区の工房がメインの制作場所ですが、三重県大台町にも拠点を置き、森林を保全しながら有効に活用するプロジェクトや、人と森を繋ぐ活動にも取り組んでいます」
お次は、石川県金沢市で制作されている艸田正樹(くさだまさき)さんの器です。
「艸田さんの作品は、『風の人のグラス』『砂丘の向こうに』など、詩的なタイトルがついていますが、それは艸田さんにとってガラスが詩的な存在だからだと思うんですね。ドロドロと溶けたガラスから人間が形を生むのですが、それが固まったときは透明であることが、艸田さんにとっての理想です。
ピンブロウという技法でつくっていらっしゃるんですが、熱せられて溶けたガラスを竿に取り、ガラスにピンをさして水蒸気の力で膨らますというものです。膨らんだ後は、竿を回したり傾けたりして、重力と遠心力だけで成形することで、このように透明度が高くなります。道具や型を使うと、透明度が落ちるそうなんですね。
頭の中にデザインがあって作品をつくるのではなくて、遠心力や重力という自然の力に委ねているのですが、そこから生まれる美しい形に魅了されます」
最後は、高知県の谷相(たにあい)で作陶する小野哲平(おのてっぺい)さんの器です。
「哲平さんは、棚田が美しい高知県の山間で作陶されています。奥さまが早川ユミさんで、『天然生活』の読者の方にはよく知られているかもしれませんね。哲平さんの作品は、手に取るとしっくりと馴染み、マットな釉薬も独特な質感と表情をしています。哲平さんのことをよく知っているということもあると思うんですが、作品全体から深い精神性を感じてしまうというか。
哲平さんは、自分のなかにある反抗心や暴力性を、芸術と火の力を通して美に転換し、使う人が勇気づけられるようなものをつくりたいといつも話されています。『薪窯猪口』の表面には無数の櫛目が入っていますが、柔らかい土に傷をつけていくので、制作の現場においてはある種暴力的な行為というか。でも、作品になったときには誰も暴力性を感じる人はいない、ものすごく美しいものになっているんですね。
ほかにもピンでさしたり、ワイヤーブラシで引っ掻いて傷をつけたシリーズなんかがあるんですが、自分のなかのネガティブなものを、なんとかポジティブなものに変換して作品にするという、自分の内面に直結するような表現をされています。そんな哲平さんの生き方や考え方にすごく共感していて、僕たちにとってとくに思い入れのある作家さんですね」
荒谷さん夫婦は、作家さんを選ぶときどのようにされているのでしょうか。
「最初はだいたい直感なんです、実は。ふたりとも揃って、いいなと思う方ですね。ひとりで選んでしまうと、どうしても独りよがりになってしまうから(笑)。それから作家さんとコンタクトを取って会いに行くんですが、選ぶ最初のプロセスよりも、作家さんとの関係が始まってからを重要視していて。どういう方で、どういうことを考えていて、なにをやろうとしているのかを理解して、お客さんに伝えられるようにしています」
そんな荒谷さん夫婦の姿勢を表しているのが、公式サイトに掲載している作家さんのインタビュー記事。個展のときに自分たちで行っているものだそうですが、作家さんの想いなど作品づくりの背景がよくわかる深い内容に驚きます。
感動の源を追求するために、ネパールに渡った啓一さん。お茶の中にある平等に惹かれ続けてきた里恵さん。根源的なものを探求してきたおふたりのこれまでの蓄積が、共感する作家さんを引き寄せているのかもしれません。そんなおふたりが選ぶ器は、生活も心も豊かにしてくれるようです。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/荒谷啓一 取材・文/諸根文奈>
essence kyoto(エッセンス キョウト)
075-744-0680
11:00~18:00
月休(不定休) ※臨時休業日は、SNSにてお知らせしています
京都府京都市左京区岡崎円勝寺町36-1 2階
最寄り駅:地下鉄東西線「東山駅」より徒歩6分
https://essencekyoto.com/
(通販あり)
◆西山芳浩さん(ガラス作家)の個展を開催予定(5月15日~5月23日を予定)