日々の生活を楽しく、豊かにする道具を
地元の買い物客でいつも賑わうパールセンター商店街。阿佐ヶ谷駅から南に伸びるその通りを5分ほど歩いた先に現れるのが、作家ものの器と生活雑貨を扱う「zakka土の記憶」です。お店がある2階にあがると、先ほどまでの喧騒は消え、静かで穏やかな空間が広がります。
お店を営むのは、小林知之さんと順子さん夫妻。阿佐ヶ谷がある杉並区で生まれ育った知之さんは、商売を営んでいた祖父の影響もあって、いつか自分も店を持ちたいと考えていたそうです。そして、いまから30年近く前に「日々の生活が楽しくなるもの、豊かにしてくれるものを扱いたい」と、「adorn(アドーン)」という雑貨店をスタートさせました。
その頃、順子さんは、勤めていた会社がいきなり倒産。不安に駆られながらも、骨董と器好きの祖父、料理上手で祖父が集める器を上手く使いこなす祖母の影響で、以前から器好きだったことから、「故郷に帰って器と雑貨の店をやれたら」と考え始めます。そんな折、友人に「知人が雑貨店を開いたから、話を聞いてみたら」とすすめられたそうで、その雑貨店こそが知之さんのお店でした。それがきっかけでお店を手伝うことになったそうです。
「adorn」では、はじめ工業製品の器をメインに扱っていましたが、作家ものを少しずつ増やしていったのだとか。というのは、自分たちが年を重ねるにつれ、ある想いが強くなっていったから。
「工業製品だと、長く使い続けていってもらえるのかなと感じて。なかには手づくりもありますが、右から左へと流れ作業でつくられたもの。壊れてもまた同じものを買い直せるんですよね。作家さんの作品は、ぴったり同じものを手に入れるのは難しく、その分使っていて愛着がわきます。手づくり感があって温もりのある、長く使って楽しめる器を中心に扱っていきたいと思うようになって」
そうして、2005年に「zakka土の記憶」に屋号を変え、再スタートをきりました。
手に取るたびに、魅力を感じる器を
そんな小林さん夫妻に、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、福岡県那珂川町で作陶する、佐藤もも子さんの器です。
「佐藤さんは、ゆるりとした、すごく柔らかい感じの染付をつくっていらっしゃるんですが、初期の頃の伊万里の作風が好きということで、初期伊万里の大らかさみたいなものも作品に描けたらと話されています。
子どもの頃から手を動かすのが好きで、図工や美術が好きだったそうですが、意外にも絵を描くのは苦手だったとか。唐津の岡晋吾さんに弟子入りされていたのですが、『先生から、うまく描けなくていいから自分の線を探しなさいといわれて、それを常に心に留めて描いてるんです』と話されていたのが、すごく印象的でした。
独立してすぐの頃に、作品をカバンにつめて上京し、器屋さんをまわっていらっしゃって、うちにも来てくださいました。『作品を見てください』といわれて拝見したんですが、すごくいいなと思って、お願いすることになったんです。その翌年にうちで佐藤さんの個展をしたのですが、関東では初めてということで、初日にすごくドキドキされていて。親心のような思いで、一緒に緊張したのを覚えています」
お次は、富山県富山市で制作されている、ガラス作家、サブロウさんの器です。
「ガラスといっても、吹きガラスではなく、窯で焼成するキルンワークという技法でつくられているんです。サブロウさんの説明によると、ガラスを砕いたピースを並べて模様をつくり、隙間にガラスの色粉を詰めてから、窯で焼成して一枚の板に。その板をきれいに磨いて形を整えてから、鉢にするなら鉢の型を使って形づくったものをまた焼成して、やっと完成するそうです。一枚一枚を手作業でやっていらして、気が遠くなるような手間がかかっていますね。
サブロウさんは、20代の頃にワイン関係の仕事でドイツに滞在されていたそうで、そのときにベルリンで見た、ガラスブロックで建てられた教会に感動して、ガラス工芸の道に進んだと話していました。
ご出身が滋賀県で、このモザイク柄は琵琶湖の水面をイメージしているそうです。ガラスですが、厚みがあってすごく丈夫。ちょっと重さはありますが、そのぶん安定感があって使いやすいですね」
最後は、岐阜県多治見市で作陶する桑原(くわはら)えりこさんの器です。
「堺市で開催されている『灯しびとの集い』というクラフトフェアがあるのですが、一昨年にそこで初めて作品を拝見しました。すごく印象的な色で、目に飛び込んできて。桑原さんは大学で陶芸を専攻された後、イタリアの窯業学校で学ばれたそうです。といっても、もともとはイタリアで陶芸を学ぶつもりはなかったそうで、イタリアを旅していたときに、マジョリカ焼きというイタリアの伝統工芸に出合い、すごく惹かれたのがきっかけだったとか。
マジョリカ焼きに惹かれたのもそうですが、もともと古い焼き物が好きで、イタリアの骨董市で見つけたフランスのアンティークの器にインスピレーションを受けてつくったのが、この黄色いシリーズです。黄色の釉薬をかけていると思ったら、実は違って。もとは粉引で、化粧土に黄色の顔料を混ぜてこの色を出しているそうです。インパクトのある色なんですけども、柔らかくて強すぎず、いい色ですよねぇ」
小林さん夫妻は、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「形や色合い、質感など、そしてアイテムバランスも含めて、よく練り込んでいる作家さんですね。全体的な感覚のよさを感じられるような方です。うまくいえないんですけど、たとえば購入した方が家で器を取り出して使ったときに、『やっぱりいいな、買ってよかったな』と、ずっと思えるような器を想像しながら、選ぶというか。あとは、普段使いしやすい価格帯というのも意識しています」
いまではすっかり人気作家のひとりとなった佐藤もも子さんも、おふたりが出会ったときは独立してまだ間もないとき。そんな佐藤さんの作品の魅力をひと目で気づけたのも、長年器屋さんを営み、使う人のことを頭に浮かべながら丁寧に器を選びとってきたからこそなのでしょう。使うたびに改めて魅力を感じる、かけがえのない一枚を探しに、ぜひ足を運んでみてくださいね。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/林 紘輝 取材・文/諸根文奈>
zakka土の記憶
03-3311-6200
11:00~18:00
水・木休
東京都杉並区阿佐谷南1-34-11-2F
最寄り駅:JR中央線「阿佐ヶ谷駅」より徒歩5分、東京メトロ丸ノ内線「南阿佐ヶ谷駅」より徒歩3分
https://www.tutinokioku.com/
https://www.instagram.com/zakka_tutinokioku/
◆桑原えりこの個展を開催予定(7月10日~7月18日)