(『91歳。一歩一歩、また一歩。必ず頂上に辿り着く』より)
書くことで考えをまとめたり、人の言葉に励まされたり
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軽快な筆運びで、あっという間に一筆。ふと心に浮かんだ好きな言葉や料理のこと、印象に残った出来事などを紙に書き留める
料理をつくる際、必ず事前に献立を書くのは、長年の習慣です。それを見ながら仕込みをしていると、次に何をすればよいかがわかりやすくて、仕事がはかどります。
「料理の鉄人」に出ていたときは、毎回まず最初に筆でお品書きを書くことから始めていました。圧倒的な勝率を誇ったのは、お品書きのおかげかもしれませんね。
家庭で料理をするときも、簡単なメモでよいから献立を書いておくと、ずっと段取りよくできるはずです。冷蔵庫に残っている物で、何かつくろうとひらめいたときなども、書いておくと後々役立ちます。
YouTubeの撮影には、家で試作した料理や思い付いたアイデアなどを書いた紙を持参します。スタッフとその紙を見ながら、何をつくるか打ち合わせした後、まずお品書きを書いているところから、撮影スタートです。
同じ日に何品もつくるので、書いておくと準備も進めやすいんですね。毎回動画では、ご挨拶をしてからお品書きを紹介します。
鉄人のころから、「道場六三郎といえばお品書き」と皆さんは思っているでしょうね。
昔「神戸観光ホテル」でお世話になった先輩料理人の杉本成次朗さんは、毎朝正座して献立を書く人でした。我流でほかの人には読みづらいけれど、とてもいい字を書きました。僕が、28歳で料理長になってから献立を書くようになったのは、杉本さんの影響が大きいと思います。
書道を習ったのは小学校の授業くらい。あまり誰かの字を参考にしたり、勉強したりすることもなかったですね。長く書いているうちに、道場流の筆運びになってきました。せっかちで、きれいに早く書きたいと思うから、非常に合理的な筆運びをしていると思います。崩して書くことも多いです。
言葉は、生きていくための足掛かり
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色紙やノートにも書くが、普段は裏紙でも何でも手元にあった紙を利用する。一番上の紙には、亡き妻との想い出が書かれている
修業時代は、何でも書き留めていました。仕事が終わったら、日付とその日のメニューをノートに書いておき、食材の旬や料理の仕方を忘れないようにします。調理のポイントや自分で思い付いたことなども全部書きました。
書くことで復習ができるから、早く覚えられます。今みたいに料理の本もなかったし、ましてやスマホで調べるなんて想像もできなかった時代。今でも若い衆に、「書かなきゃ覚えないよ」って言うんですが、なかなかできないようで、献立をコピーして配ったりしています。
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赤坂の料亭「赤坂常盤家」の料理長になった28歳のときから、筆でお品書きを書くようになった。約20 年前からは、主に筆ペンを愛用
冷蔵庫のどこに何が入っているかも、紙に書いて扉に張っておくとよいですね。見習いのころ、仕入れのたびに書き直していたら、早く覚えられました。
例えば先輩に「ウニを持ってこい」と言われたら、さっと冷蔵庫を開けて素早く取り出し、すぐに扉を閉めて渡します。その手際のよさも、料理人の能力の一つです。
扉を開けたまま、「えーっと、どこに入れたっけ?」なんて探しているようじゃ駄目。昔は氷で冷やす冷蔵庫だったから、あっという間に庫内の温度が上がってしまい、元の温度に戻るまで時間がかったので、いろいろ工夫したものです。
好きな言葉やふと目に留まった面白い表現なども、よく書き留めています。書くことで考えをまとめたり、ほかの人の言葉に励まされたりすることも多いですね。
新年には、その年のテーマを書き初めのように書くのが、長年の習慣です。数年前のテーマは、「許す」でした。店には、いろいろな若い衆がいます。どんな人だって、駄目なところもあればよいところもあるのだから、「怒りたくなっても許す心が大事」だと、その年のテーマにしました。
自分にとって言葉は、生きていくための足掛かりのようなものです。最近では本を読むことや芝居を観ることも少なくなりましたが、昔読んだ本や観た芝居で出合った言葉が、今でもふとした瞬間に甦ります。そういう場合も、何か思い出したら、必ず書き留めるようにしています。
やるべきことがたくさんある日も、全部書き出しておくと楽ですね。そのほうが効率よく時間を使えますし、一つ一つ用事を片付けたときの達成感も違います。うっかり忘れてしまうこともなくなるから、絶対におすすめですよ。
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季節を感じさせる、手書きのお品書きにはファンも多い。おもてなしの心を込めて筆で丁寧に書くと、より一層、温かみが増す
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本記事は『料理人・道場六三郎/91歳。一歩一歩、また一歩。必ず頂上に辿り着く』(KADOKAWA)からの抜粋です
道場六三郎(みちば ろくさぶろう)
1931年1月3日、石川県に生まれる。91歳。和食料理人。日本料理の世界に革命を起こし、テレビ番組「料理の鉄人」では斬新な発想で視聴者を釘付けに。1971年に開店した「銀座ろくさん亭」で、今も調理場に立つ。生き方のエッセイ『料理人・道場六三郎/91歳。一歩一歩、また一歩。必ず頂上に辿り着く』(KADOKAWA)を発売。
YouTubeチャンネル:鉄人の台所
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「91歳で現役で活躍する「和の鉄人」道場六三郎さんの生き方エッセイ。あまり悩まないことが、健康の秘けつ。一喜一憂しない。ストレスがない。人生、なるようになるさ。明るく前向きに生きるヒントが詰まった一冊です。