“目立たないけどすごくいい”そんな器に光をあてて
立川駅からモノレールに乗り換え、10分ほど歩いた先にある「H.works」。辿り着くのにちょっと時間は要しますが、それでも「足を延ばした甲斐があった!」と心躍る器屋さんです。白壁のかわいらしい一軒家は店舗兼用住宅で、1階部分がショップ。周囲に畑が広がる長閑な場所ですが、ここに移転する前は、立川駅周辺の繁華街にあったのだとか。
「真逆の場所ですよね。ここの畑を歩くだけで、どこかに出掛けたりしなくても、気分転換できていることに気づいて。お客さまには、不便で迷惑をかけてしまうけれど、来てくれる方にも心地よく感じてもらえるかもしれないとも思い移転を決断しました」と、店主の園部由貴さんは話します。店の横の畑は、園部さんのお兄さんのもので、畑で採れた新鮮な野菜が器と並んで売られています。
美大では油絵を学んだという園部さんですが、どうして器屋を始めることになったのでしょうか。
「植物も好きで、美大を出て数年して、花屋で働き始めたんです。そしたら、その花屋の近所に、当時はまだそれほど多くはなかった、作家ものを扱う器屋さんがあって。品揃えがとても好きで、ちょくちょく覗いていました」といいます。それでも器はあくまで趣味で、その後ほかの花屋に移ると、花屋開業を目指すように。でもハードワークで体調をくずし、方向転換せざるおえなくなったのだとか。
「でもそのお陰で生活を見直し、好きな器で食事をする喜びが生まれて。そうして、元々興味があった焼物での商売を考えるようになったんです。それで、まずは器屋で働こうと思ったのですが、スタッフの募集が全然なくて……。それでも探し続けていると、縁と縁がつながり、先ほどお話した器屋さんで、アルバイトとして雇ってもらえることになりました。独立するときも、その店にいたことが信用になり、とても幸運でしたね」
お店のインスタを見ると、目を引くのがおいしそうな料理写真。そのことを伝えると、「料理は、全然得意じゃないんですよ。私自身は、買ってきたおかずでも、“器がよければなんでもおいしくいただける”みたいなタイプで」と笑います。つくりたい料理ではなく、どんな料理を盛れば器が引き立つかを考えてメニューを決めて、撮影しているのだそう。
「器の中には、“パッと目には止まらないけど、使ってみるととても魅力的だったり、実は実用的で使いやすい”というものが本当にあって。実験感覚で料理を盛って試しているんですが、自分で実感できると、お客さまに器のよさを伝えやすくなるんです」
信じるものを貫く作家の器を
そんな園部さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、神奈川県相模原市で作陶する、田谷直子(たや・なおこ)さんの器です。
「田谷さんは、おもに瑠璃釉と灰釉をお使いになるのですが、瑠璃釉には、黒味の強い“黒瑠璃”、青味の強い“青瑠璃”、釉薬がグラデーションの“うす瑠璃”の3つがあります。ご家族との生活のなかで必要と感じたものをつくることが多く、カレー鉢や煮豆鉢など名前が具体的だったりするのも田谷さんならでは。まさに暮らしから生まれた道具です。
この『黒瑠璃ポット』のように、田谷さんの注器は注ぎ具合が秀逸なんです。茶葉も入れやすくて捨てやすい、まさに理想的なポットです。
『うす瑠璃汁猪口』は、大き目で容量たっぷり。『猪口の用途を広げて、スープや味噌汁を入れるにもいいようにと思って』と田谷さんは話されていました。豆皿は小ぶりで、醤油皿にしたり、お漬物をのせてもいいですね。
田谷さんの作品は、造形に洋のテイストがほんのり感じられつつも、やはり土でつくられているので、和の雰囲気もあって。なので、いろんな器のまとめ役になってくれるんです。たとえば、土味たっぷりの器と、洋風の磁器を並べたときに、両者をつないで食卓をまとめてくれる。ひとつあるととても重宝しますよ」
お次は、岐阜県関市で制作する、さこうゆうこさんの水耕栽培用ポットです。
「水耕栽培用のポットで、どちらも12月頃に球根をセットすると、春先に芽が出始めて花が咲き、その成長過程を楽しめます。シーズンオフでも、『ムスカリポット』は一輪挿し、『ヒヤシンスポット』は花瓶として使えますよ。きれいなクリアで形もシンプルなので、草花がとても生けやすくておすすめです。
さこうさんのコップなどの食器類も、装飾が省かれ極々シンプル。それでも魅了されるのは、ラインの出し方が巧みできれいだからなのですが、形だけで魅せるというのは、とても凄いことだと思うんです。
聞くと、さこうさんは、独立前に瀬戸のガラス作家さんの工房で働かれたのですが、その前は、プロダクトデザインを勉強されていたそうで。なので、プロダクトのよさもわかったうえで、吹きガラスを自分なりにどう表現するかを突き詰めていらっしゃり、だからこそ微妙な美しいラインを生むことができるのではと思います」
最後は、茨城県鹿嶋市で作陶する、ムーニーともみさんの器です。
「クラフトフェアで、ムーニーさんの作品を初めてみたときは、思わず舞い上がってしまいました。ほとんどが絵付けの作品だったのですが、どれも想像力豊かで、エネルギーに溢れていて。絵柄は、緻密で繊細なものから、素描のような軽やかなタッチのものまでありますが、どれも画力の高さを感じます。
ムーニーさんは、多摩美術大学を出て働いた後、スペインカタルーニャ州立美術学校で石版画を専攻されました。その後、画家として活動されたそうですが、アメリカ人の方とご結婚して鹿嶋市に引っ越し、笠間の焼き物に出合ったことから、陶芸を始めたそうです。
作品は、送ってきてくださる度に、絵柄も形も全く違うんです。描くモチーフはわき出てくるようで、絵柄はパターン化せず、同じものがあっても3点ほど。ほとんどが一点物です。斬新な文様からクスリと笑えるものまで多彩ですが、どれも独自の世界観に引き込まれますね。使うたびに気分を上げてくれる、そんな器です」
園部さんは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「誰も真似できない独自の表現を持っていて、信念をもってそれを貫いていらっしゃると感じられるかどうかです。流行は追わず、惑わされないというか。そういうつくり手の方は、物づくりに対する姿勢も芯が通っていて、とても共感できます。
また、お店の中で調和を保ちたいと思うので、ほかの方の器とバランスが取れて、店のなかで浮かないかも意識していますね。私は、おおらかで、やさしい表情の器に惹かれる傾向にあるので、そういった作風の方が自然と集まってきているように思います」
窓の外には、畑や庭の植物たちの生き生きとした姿が広がり、店内には時間が止まったかのような、穏やかな空気が流れています。店主が望んだように、訪れる人はその心地よさに包まれながら、ゆったりとお買い物を楽しむことができるはず。思いを貫く作家のやさしい器を、どうぞ手に取ってみてください。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/星 亘 *料理写真は園部由貴 取材・文/諸根文奈>
H.works
042-537-7763
11:00~18:30
月・火休 ※臨時休業はSNSにてお知らせしています
東京都立川市柏町2-44-6
最寄り駅:JR中央線「立川駅」より多摩モノレール(立川北駅)で約7分、「泉体育館駅」下車後徒歩12分ほど
JR中央線「立川駅」よりバスで約10分、バス停「泉町」下車後徒歩7分ほど
http://www.h-works04.com/
https://www.instagram.com/hworks2015/
◆ムーニーともみさんの個展を開催予定(10月15日~10月30日)
◆山口利枝さんの個展を開催予定(11月12日~11月27日)
◆小林慎二さん(漆器)の個展を開催予定(12月10日~12月25日)