広さを最大限に生かした店づくり
JR水道橋駅近くの雑居ビルにある「千鳥」は、かつては料理教室の講師を務めていたという柳田栄萬さんのお店です。建物の老朽化のため、昨年12月に現在の地に移転しましたが、前の店舗からほど近い場所。以前の店と変わらず、50坪ほどと圧倒的な広さを誇る器屋さんです。
柳田さんは、国立北京中医薬大学日本校にて薬膳を学び、国際中医薬膳師の資格を取得。薬膳料理教室の講師をする傍ら、雑誌やwebでも料理の仕事をしていましたが、その後、器屋に転身。そのきっかけはなんだったのでしょうか。
「webの仕事をしていた頃は、ブログの全盛期でした。あるブログサイトの公認ブロガーに認定されていたので、ブログ経由で仕事をもらうことが多かったのですが、その場合、レシピ考案のほかに、撮影も自分でする必要があって。料理の見栄えを意識したら、器の重要性に気づいて、料理からすっかり器に興味が移ってしまいました」と笑って話します。
お店のインスタグラムにのっているおいしそうな料理写真は、そんな柳田さんが調理して撮影したもので、器との合わせ方や盛り付けに、卓越したセンスを感じます。
ここ数年は、料理の仕事はすべて断り、器業に邁進してきた柳田さんですが、最近はちょっとした変化がありました。これまでは自分ひとりでクラフトフェアや陶器市に行って作家を探してきましたが、最近ではスタッフの加賀城さんと一緒に出向いて作家探しをし、ときには一任することもあるのだそう。
そんな厚く信頼されている加賀城さんですが、聞けばフードコーディネーターの仕事とダブルワークをしているといいます。「柳田さんと同じように、私も料理の仕事で器に携わってきました。そんななか、『千鳥』には器を買いによく来ていたのですが、ここでどうしても働きたいと思うようになって。採用されたら、フードコーディネーターの働き先は辞めるつもりでしたが、柳田さんに止められて(笑)、いまは掛け持ちしています」
そんな料理を生業としてきたふたりが選ぶ器は、使い勝手がいいうえに、テーブルコーディネートの知恵が詰まったものばかり。
「千鳥」のもうひとつの魅力は、幅広いテイストの器が揃うところで、土味たっぷりのものから女性らしい繊細なものまで、実にさまざま。テイストをしぼる器屋さんが多いなか、珍しい存在といえるかもしれません。
「私の好みはさておいて、これだけ広い店なので、あらゆるテイストのものを揃え、間口を広げておきたいという想いがあります。そして、それぞれのテイストの中で、いいものを選びたいと思っていて」と柳田さん。さまざまな作風を見て、触れて、自分の新たな“好き”に出合えるのも、「千鳥」を訪れる醍醐味。ぜひ出合いを楽しんでみてください。
心を浮き立たせ、気兼ねなく使える器を
そんな柳田さんと加賀城さんに、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。
まずは、香川県善通寺市で作陶する、土井康治朗(どい・こうじろう)さんの器です。
「“せとうちブルー”というのが土井さんの代表的な釉薬で、お店でも人気のあるシリーズです。やさしく穏やかな青は、主張しすぎず、料理によく馴染みますね。そうめんや豆腐などの白も映えますし、茶色い料理をのせても、食卓を明るく華やかにしてくれます。
この『せとうちブルーカレー皿』は、絶妙な深さと丸みで、最後のひと口まですくいやすいのが特徴。カレーのほかにも、パスタやチャーハン、汁気のある煮物まで幅広く使えますよ。陶器といっても、目止め処理が施されていてシミの心配がなく、安心して普段使いできます。
また、土井さんの“黒金釉”という黒の釉薬も、かっこよくて魅力的です。『黒金釉5寸鉢』は、これほどすっきりとしたシャープな小鉢はなかなかないと思えるもので、高さを出して盛り付けるのにいい形です。黒の器はひとつあると食卓が締まるので、おすすめですよ」
お次は、東京・昭島市で制作する、永島義教(ながしま・よしのり)さんのカトラリーとお皿です。
「永島さんのカトラリーは、アンティークのカトラリーをモチーフにつくられています。使いやすさや切れ味にこだわり、細部まで手作業でていねいにつくられていますね。無機質ではない表情にしたいと、金槌自体に傷をつけたもので叩いて、味わいのある表情をつくっていらっしゃいます。
このディナーナイフはとくにおすすめで、切れ味がとてもいいんです。ステーキだったりを食べるほかに、卓上でタルトやチーズなんかを切りわけるのにもいいように工夫していると、永島さんは話されていました。私も家で卓上ナイフとしてよく使いますが、包丁をだすよりも気軽で、なおかつ包丁並みに切れて便利です。木のお皿のうえでカットしても、当たりが柔らかく傷がつきません。それは、手でていねいに調整しているからできることで、本当に素晴らしいです。
ステンレスはほとんど変色しないので気軽に使えることと、かっこいい雰囲気に仕上がるからと、ステンレスのプレートも制作されています。使い込こむとどんどん味わいが増すのも魅力ですね。陶器と比べて、スタッキングしても場所を取りませんし、冷えやすいのも特徴。枝豆や刺身などをのせて冷蔵庫で冷やしておけば、冷たいままおいしく食べられます」
最後は、東京・中野区で制作する、新田佳子(にった・よしこ)さんの花器と器です。
「新田さんは、サンドブラストという技法で制作するガラス作家さんです。透明のまま残すところはマスキングをして、細かい砂を吹き付けてガラスを白くしていき、トーンの違いを出します。
グラスや花器などは、吹きガラスの手法で新田さんがご自身で成形するのですが、有機的なラインをしているんですよね。女性的な流れるような形だったり、ぷっと膨らんだ形だったり。そんな有機的なフォルムに、ちょっと無機質な線が入るのですが、その対比がおもしろいなと。新田さんの作品は、なによりも大切に扱いたいと思わせてくれます。
作品を見るとストイックな方をイメージするかもしれませんが、普段の新田さんは、誰にでも愛されるような、すごく親しみやすい方。おいしいものがお好きで、いつもおいしいお菓子を差し入れてくださって、スタッフを気づかってくれます」
おふたりは、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。
「選ぶポイントはいくつかありますが、まずは作品を見たときに、わくわくするかどうかを一番大切にしています。それに加えて、使い勝手がいいか、暮らしに馴染むかどうかも重視しますね。私自身もそうですが、使いにくいと食器棚にしまったままになってしまうので、たくさん使ってもらえるものを選ぶよう心掛けています。
あとは、お店のカラーに合うもの、お客さまに気に入ってもらえるもの、それでいて、いま扱っている作家さんとは少し違うテイストを持つものを選ぶようにしています。先ほどいった、“わくわくするもの”というのは、直感ではあるのですが、装飾しすぎているものよりは、シンプルな中にちょっとニュアンスがあったり、ひと工夫があるものに惹かれるように思います」
店舗の広さを生かしているのは、ラインアップの豊富さだけではないようで、「スペースが十分あるので、展示会期間でも、店の奥側だけを展示スペースにあて、手前は常設にしています」と話します。いつでも常設がたっぷり見られるというのはうれしい限り。器に興味を持ち始めたばかりの人も、器が大好きでたまらない人も、ふと思い立ったときに、いつでも気軽に立ち寄れる、そんな頼れるお店なのです。
※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。
<撮影/星 亘 取材・文/諸根文奈>
千鳥
03-6906-8631
12:00~18:00
不定休 ※休みの日は、SNSにてお知らせしています
東京都千代田区神田三崎町3-7-12 清話会ビル2階
最寄り駅:JR「水道橋駅」西口より徒歩1分ほど
https://chidori.info/home/
https://www.instagram.com/utsuwa.chidori/
◆大江憲一さんの個展を開催予定(2月25日~3月5日)※3日は定休日
◆阿部春弥さんの個展を開催予定(3月4日~3月12日)
◆亀田大介・文さんの二人展を開催予定(3月18日~3月26日)