• 日本には心惹かれる器をつくる作家が大勢います。作家と私たちの暮らしをそっとつないでくれるのが器屋さんです。滋賀県長浜市にある「季の雲(ときのくも)」は、夫婦ふたりの感性で選び取る、センス溢れる器が並ぶ器屋さん。店主の中村さん夫妻に、お薦めの作家をこっそり教えてもらいました。

    器好きから店主に、そして、つくり手に 

    「珍しい日本酒と七輪を使った炭火焼きを楽しめるダイニングバーを、2001年にオープンして、それがお店の前身なんです」と話すのは、「季の雲」の店主、中村豊実さん、敬子さんご夫妻です。ダイニングバーには、近隣の住人をはじめ、関東から出張で訪れた会社員らも噂を聞きつけてやって来たりと、大いに賑わいました。

    「ただ、それから少しして、経営がうまくいかない時期がきて……。そのときに思いついたのが器だったんです。もともと夫婦そろって器が好きで、ダイニングバーでも作家ものの器を使ったりしていて。ギャラリーを増設し、相乗効果で経営難を乗り切ろうと考えました」

    画像: 蓋置きや茶通しなど中国茶専用の道具は、木工作家、村上圭一さんによるもの

    蓋置きや茶通しなど中国茶専用の道具は、木工作家、村上圭一さんによるもの

    画像: 植物モチーフが愛らしくて涼し気なカップは、中野幹子さんの作品

    植物モチーフが愛らしくて涼し気なカップは、中野幹子さんの作品

    ギャラリーを増設し、店名を「季の雲」に改めて、再出発。いまでも錚々たる作家が揃い、その豪華さは目を見張るほどですが、聞けばギャラリーをスタートしたときから、花岡隆さんや三谷龍二さんら人気ベテラン作家がラインアップされていたというから、驚きです。実際に、周囲からも不思議がられたそうですが、それにはこんな経緯がありました。

    「ギャラリーを始める前から、東京の器店や多治見の『ギャルリももぐさ』(陶芸家、安藤雅信さんのお店)さんなどに、夫婦でよく器を買いに伺っていたんです。最初はただのお客さんでしたが、店主の方たちに『滋賀から来たの?』と珍しがられ、通ううちに親しくさせていただくようになって。そして、いざギャラリーをやるとなったときに、作家を紹介していただけないかダメ元でお願いしたら、皆さんとても気軽にOKをくださったんです」

    画像: 天井高が4m以上もあるという開放的な空間は、ギャラリー専用スペース

    天井高が4m以上もあるという開放的な空間は、ギャラリー専用スペース

    画像: 手前の白い建物が増築部分。1、2階が常設スペースで、展示期間中も常設展示をたっぷり見ることができます

    手前の白い建物が増築部分。1、2階が常設スペースで、展示期間中も常設展示をたっぷり見ることができます

    オープンした後は、自分たちで探した作家を次第に増やしていき、現在のラインアップが完成。そして、その作家一覧を眺めると、そこには思わぬ名前がありました。それは店主の中村豊実さんの名前で、実は豊実さん、お店を営む傍ら、耐火皿や中国茶器をメインに制作する作家でもあるのです。豊実さんがつくるのは、極々シンプルで美しく端正な、料理やお茶をぐっと引き立ててくれる器たち。

    「でも、夫はもともと器に全然興味がなかったんですよ。私と結婚してから、器に強い興味を持つようになりましたが、陶芸を始めるに至ったのは、レストラン経営がきっかけでしたね。作家の器で料理を出すと、業務用とは違って、割れたり欠けたりすることが多くて。これではたまらないと、割れにくい器をつくろうと思い立ったようです」と敬子さん。

    お店では、豊実さんがセレクトする古道具も販売。100円で買えるものから、李朝時代の名品までと幅広い品揃えで、見ていて楽しくなります。さらに、中国茶とのある縁から、中国茶器にも力を入れているそうで、取り扱っている作家の中で、中国茶器を手掛ける方がどんどん増えているのだとか。現在は年に一度、50名近いつくり手が参加する中国茶器展を催したり、講師を招いて定期的に中国茶教室を開催。お店の魅力は、語り尽くせないほどたくさんあります。

    楽しさが自然と伝わるつくり手の器を

    そんな中村夫妻に、いち押しの作家さんのアイテムをご紹介いただきました。

    まずは、滋賀県信楽町で作陶する、大谷桃子(おおたに・ももこ)さんの器です。

    画像: 美しいハスの花が描かれた「ハスのつぼみ角皿 Lサイズ」。絵柄の配置も絶妙で、飾っておきたくなる一枚

    美しいハスの花が描かれた「ハスのつぼみ角皿 Lサイズ」。絵柄の配置も絶妙で、飾っておきたくなる一枚

    「桃子さんは、一点一点、手描きで絵付けをされています。ハスの花やバナナの葉っぱといった植物をモチーフにすることが多いのですが、どの絵柄もやさしい雰囲気で、美しく描かれています。また、愛嬌のある動物などクスっと笑えるような絵柄を描かれることも時々あって、そういう遊び心にも惹かれますね。

    桃子さんはお料理上手。だからこそだと思うのですが、このお皿のように、料理を盛るところに絵柄がない作品が多くて、盛ったときにどう見えるかをきちんと考えていらっしゃるのが伝わります。カラフルな作品もありますが、この『ハスのつぼみ角皿』は、お皿の白と絵柄の濃いグリーンの2色。どんなものも映えそうで素敵です。

    桃子さんの夫は、器作家の大谷哲也さんですが、おふたりそれぞれが、私たち夫婦と似ている部分が多く、とても身近に感じていて。哲也さんも自家製ベーコンをつくったり、コーヒー豆を自分で焙煎するなど、夫婦そろって、食にこだわりのある素敵な器のつくり手です」

    お次は、岐阜県多治見市で作陶する、故金あかり(かるがね・あかり)さんの器です。

    画像: 淡い色の釉薬が、繊細でうっとりするほど美しい。大きいほうから「ボウル中」「ボウル小」「湯呑み」

    淡い色の釉薬が、繊細でうっとりするほど美しい。大きいほうから「ボウル中」「ボウル小」「湯呑み」

    「故金さんは、昨年知り合ったばかりの新しい作家さんです。工房に伺ったら、器のほかにアート的な作品から、壺までいろいろあって。ご本人は、若くてかわいらしい普通の女性ですが、壺といっても、内田鋼一さんがつくられるようなものすごく大きな壺をいくつもつくられていて、驚きました。工房に私たちが伺った後、お店を見たいとすぐに足を延ばしてくださったり、中国茶器にも取り組まれようとするなど、いろんなことに意欲的で、今後が楽しみな作家さんです。

    故金さんの作品は、どれも独特の素材感があり、そこにとても惹かれます。この『ボウル』や『湯呑み』は、マットでやさしい雰囲気ですね。先ほど話した大きな壺は、長い年月を経た、朽ち果てたような質感で、そちらもとても面白くて。おそらく丸い形がお好きだと思うのですが、お皿も丸いものがほとんどで、ゆるやかな印象の作品を多く制作されています」

    最後は、愛知県武豊町で作陶する、塚本友太(つかもと・ゆうた)さんの器です。

    画像: クールな佇まいの中にも、やさしさが感じられる塚本さんの作品。こちらは「蓋碗」

    クールな佇まいの中にも、やさしさが感じられる塚本さんの作品。こちらは「蓋碗」

    「塚本さんは、大澤哲哉さんのアシスタントをされていた方です。私たちが大澤さんの工房を訪ねたときに知り合ったのですが、そのときは独立される少し前でした。ちょうどグループ展をされていたので、すぐに作品を拝見しに伺ったら、たちまち魅了されてしまって。

    塚本さんは、おもに銀彩、白、黒、緑の4色の釉薬で、器をつくられています。この中国茶器の『蓋碗』は、白の釉薬を使ったもので、受け皿があるタイプ。受け皿というと茶たくのような平たい形が主流ですが、こちらは深めの形で面白いですね。釉薬を全体にかけず、縁は残して土の色がうっすらと見えていますが、そんな手仕事の温か味も感じられて素敵です。

    塚本さんの作品は、どちらかというとモダンな印象ですが、実際使ってみると、使い勝手もよく考えられていて。『これ、何を盛ったらいいかな』と一見迷う器があったのですが、料理を盛ってみるとすごくしっくりきて驚いたことがあります」

    画像: 美しいガラスは、今井美智さん、荒川尚也さん、中野幹子さん、矢野志郎さんらの作品

    美しいガラスは、今井美智さん、荒川尚也さん、中野幹子さん、矢野志郎さんらの作品

    中村さんご夫妻は、作家さんを選ぶとき、どんなことを大切にされているのでしょうか。

    「作家選びはふたりでしていますが、私たちはどちらも動物的な勘で動くタイプ。モダンなものがいいとか、土味が強いものがいいとかというこだわりがないので、作風はバラバラです。作品を実際に見させていただいてから夫婦で話し、『とても素敵だよね?』『いいね!いいね!』みたいな感じで決まっています(笑)。それに、好みがすごく似ているので、動物的勘にも関わらず、意見がほとんど一致しますね。

    そして、直感で選んではいますが、ひとつだけ基準かもしれないものがあって。『この作品をつくるのを、ものすごく楽しんでおられそう』というのが、作品から強く伝わってくる作家の方を、私たちは好きになっているのではと思うことがよくあり、それが一番大切にしていることかもしれません」

    実は、ギャラリーを始めた当初は、お客さんがまったく来なくて困ったと話すおふたり。そこで、「とりあえず自分たちの思いを何かで伝えなきゃいけない」と考えて、作家や器の魅力を綴ったフリーペーパーを作成して配布したり、出版社に手紙を送ってアピールしたのだとか。そして、それがメディア関係者の目にとまって、次第に雑誌などで紹介されるようになり、お客さんが増えていったそうです。いまでは全国から器好きが訪れる憧れの器屋となった「季の雲」。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

    ※紹介した商品は、お店に在庫がなくなっている場合もございますので、ご了承ください。

    <撮影/中村豊実 取材・文/諸根文奈>

    季の雲
    0749-68-6072
    11:00~18:00
    不定休 ※営業日はSNSにてお知らせしています
    滋賀県長浜市八幡東町211−1
    最寄り駅:JR「長浜駅」よりタクシーで8分または徒歩30分ほど
    https://www.tokinokumo.com/
    https://www.instagram.com/tokinokumo/
    ◆チェジェホさんの個展を開催予定(7月22日~7月30日)
    ◆大村剛さん・とりもと硝子店さんの二人展を開催予定(8月19日~8月27日)
    ◆村上雄一さんの個展を開催予定(9月2日~9月10日)



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